第62話
レトの書斎から続く大階段を慎重に下り、外に出る。ヨナは再びこの地の独特の匂いをかいだ。ぼんやりとぼやけて見えている壁との距離から察するにここはどちらかと言えば外周に近く、人気もない場所だった。遠くでは灰色の柱が揺れながら、いくつも立ち上っていた。文明が
それらは天井付近まで上昇すると、その殆どが地下の浄化装置によって跡形もなく消え去ったが、浄化しきれないものは目に見えない気流を可視化しながらクルード全域へと降り注いでいた。先ほどの、場所に降り注いでいたものも言わずもがな一度は地上を離れた灰のどれかであることはもはや疑いの余地はない。
「ああっ!ああ!レトさん!きょうはこっちに来てるんですね。これはうちの新作です!。ボトルの中に細筆でメイリーンシャン(人物名)を書いたんです。それを固めてカットしました。ああ・・・なんてきれいなんだ惚れ惚れする」
「ふん・・・ちょっとこれここに気泡があるじゃないの?包装だっていい加減!こんなのをあの人たちに売りつけるつもりなの?!交換レートを不利にする口実を作りたいの?」
「え!?ほっほんとうだ。すっすぐに仕立て直すよ!」
「まったく、気を付けてよね?ああ!そこ!斜めになってるわ!」
「・・・・!!!」
「返事ィっ!!!!」
「っは!はい!」
「ごめんなさい!!だっては・・・始まりが随分早まったから!!!」
「消灯が無かったからか・・・?!」
「今日に限って!こら!売り物になんてこと!名無し達を見てろ!!久しぶりのマーケットだってのに!」
「みっ『水時計』(水分の蒸発によって時間経過を測る大型の装置)だって!次の補充まで随分あるぜっ!!」
「弱音を吐くな!!ほらほら!ゴンドラが降り始めたわよ!!早くはやく!!」
大量の物と、人でひしめき合う場所だった。額に不健康な汗を浮かべながら動き回る彼等を脅かしたのはレト本人だったのか、彼女の腹の子の存在だったのか、それとも全く別の何かだったのかは分からない。レトは腹で人込みを切り裂く様に進んで、餌食となった仲間が一人生まれるたび、他の者たちはひと時の
驚くべくは、ここに住むブルーカラーたちの多様性だ。誰一人として同じ動きを行うものが居ないのだ。ヨナは、始めこそ偶然目に留まった彼らをひとりひとり観察したが、水路で水をくんでいた女の手前で男が口をゆすぎ、吐き出した水をくむことに腹を立てた女が男と口論になり、女が持っていた水盆が流されて、それに気づいた子供が近くの男に声をかけた、男はちょうど真っ赤に熱せられた金属をこれから加工する手前でそれどころではなかったが、反対側の手に持った道具を打ち下ろすと同時にそばにいる仲間にその旨を伝える、仲間がすぐに駆けだしてその時ちょうど金属を加熱させるための装置に体がぶつかり熱の放出口からエクスプロイター程とは言えないが予定外のエネルギーの放出が行われそれらの内のほんのひとかけらが近くにいた者の衣服の隙間に入り込み瞬く間に白い煙を上げる、仲間が水盆に追いついたころそれを追いこすように飛び出した人影は水路に飛び込み水しぶきを上げた。そのそばで粉の入った小箱を棚並べていた女は激怒し、水路に飛び込んだ人物を引っ張り上げると自分の持ち場の前へ連れて来て怒鳴った。すぐに箱を仕上げた者と中身の粉を仕上げたものが招集されて、それぞれがその場から撤去され空いたスペースには、別の場所で縦に伸びるように並べられていた複雑な装飾をされた靴、銀色の金属プレートが付いた入れ歯、身体能力を高めるための機器がそれぞれ並べられることになった。騒ぎの中で、肩掛け式の運搬装置を付けた者がひしめく人ごみのわずかな隙間を縫って動き回っていた。ヨナとレトの前にもそれは現れて、小さな容器に入った液体をそれぞれ手渡すとすぐに別の者の元へと向かった。容器は紙のような粗末な質感で、液体を保持するためにはあまりにも頼りないものだった。微かに湯気を放つそれにレトが息を吹きかけて飲み干したのでヨナも同じようにそれを飲む、するとそれは間違いなくあの青い合成飼料を薄く希釈したもののようだった。誰かが何かを口にするよりも先に、今日の為に積み上げられた品物がまたどこかで崩落し、形だけの屋根やブルーカラー達を飲み込んだ。連鎖的に次々と新たな事件が起こる。レトはその中を突き進んで、ヨナはそれ以上の観測をやめた。
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