第51話

「では、その・・・。また・・・・」


「ぁあヨナ君。また、来なさい」


「・・・はい」


部屋の灯りが再び灯されて、ヨナは本来の出入り口から外に出た。


ヨナは、出てすぐの場所で鉢合わせした人物に対して、反射的に頭を下げた。出入り口のすぐ隣で壁に寄りかかるように待っていたのは、艶のある黒のローブを頭から被り、鉄の仮面で顔を隠した。名誉評議の観客席で嫌という程見た。この街の上流階層と思わしき人物だったのだ。


しかしながら、当のその人物はというとヨナに一切の目もくれず、横を通り過ぎて例の帳を抜け、あっという間に彼の前から姿を消した。


それからすぐに中から声が漏れてくる。


『先生!先生!!ああ、私は・・・私は一体どうすればいいのでしょうか!?』

『やぁ。よく来たねェ。早速、見て見ようかね』

『・・・お願いします!』

『ふん・・・・ソードの5。それと、水で満たされたカップだねェ』

『一体・・・一体それは!?先生!』

『そうだねェ。少し厄介かもしれないねェ。君さ、敵がいるんじゃないの?それも、その敵ってのが実在していないかもしれない敵。誰かと戦ってるみたいだけどいったい君は誰と戦っていて、その戦いは本当に君にとって必要な事なのかな?』

『・・・ッ。確かに。ある人物たちが私の事を陥れようとする気配がある気がするんです・・・それが杞憂だというのでしょうか?!それが私の苦しみの元凶とでも!』

『ふん・・・そうとも言えないね。どうかな?もう一つ弱点を作ってみたら?』

『弱点と・・・申しますと?』

『ちょうど、いい子がいるんだよ・・・・』

『・・・はい』


そのやり取りを最後に、以降の内容はすっかり聞こえてこなくなった。


「ファティマ!ファティマ!久しぶりね!」

「しーしー!お仕事中なんだから!!」

「ああ、何て綺麗なお肌・・・服も、ほらみんな見てとてもいい香りがする」

「素敵だわ!」

「ああ!お肌すべすべね!」

「ちょ・・・!ちょっとぉっ!」

「上はどう?他のみんなは元気なの?ペジーやラランナは元気なの?」

「そのリング!私がマーケットで捌いた物だわ!間違いない!」


・・・!

・・・!!


ヨナが思っていたよりもずっと、人間たちには希望が有って、世界はこの時も容易く回るのだ。

金色の小さな光に包まれたクルードが見えて、上から操作されたエレベーターでだけたどり着けるこの場所に居るのは殆どが女で、異様に膨らんだ腹をしている者もいた。ヨナは自分が危害を加える存在だと彼女たちに思われてしまう事に強烈な抵抗を感じた。なので、ヨナは足早にその場を離れる事にした。


せめて、誰も居ない場所へ。


「ああー!よかったちょうどいい所にいた」


正面から一人の妊婦がやってきて紙切れが握られた片手をあげてそう言った。ヨナは彼女を無視してうず高く積まれた衣類や布の山の影に隠れ別の道へ進もうとした。しかし、その先は曲がるまでもなく、行き止まりだったのだ。彼は仕方なく女から距離を取って、隣をすり抜ける事にする。


「っあ!!」


その時、彼を再び陥れたのは歳を重ねたブルーカラー達が持つ特有の狡猾さだった。

ちょっとした段差に足を引っかけ転びそうになり、両手で腹を庇った女の体を彼は思わず支えてしまったのだ。


のとこに行ってたわね?臭いで分かるわ」


女の瞳は深い緑色をしていた。ヨナは彼女がきちんと自立するまで、ずっしりと重いその体を支えた。彼はすぐにでもここを立ち去る事も出来た。しかし、一度背筋に走った知的な電流は彼の好奇心を殆ど完全な形で痺れさせていたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る