第49話

ヨナが辛うじて示したのは確かに否定の態度だった。


しかし、当のロジカはそれを見なかった事にした。


というよりも、彼女は食料分配局を訪れる多くのブルーカラーたち同様、差し出された事実を受け入れることが出来なかったのだ。


ロジカは、確かに自分の知性が振るえないという事は知っていた。けれど、回収が終わった後の、メガジュークが美しい音色をクルードの隅々にまで響かせている間、彼女は文字通り無敵だったのだ。

なにか、とても素敵な存在が自分や周りの仲間たちに魔法をかけて、そのおかげで彼女は仲間たちの誰よりも早く、正確に、力強く、永遠と踊り続けることが出来たのだ。


彼女の体は未だにつよい熱を帯びて、それは、つい先ほどまで自分が無敵であった動かぬ証拠であり彼女の行動力の源だった。ロジカは、思いつく限りの理由を必死に思い浮かべて、それが3個ほど浮かんだ所で彼女の思考は強制的に初期化されたのだ。

なぜなら、ヨナの反応はやはりあり得ない事だし、理解できない事だし、おそらくは前例も無い事なのだ。


ロジカは一度深呼吸した。吐き出される息はとても熱く、やはりそれが彼女に大きな自信を与えた。何かの間違いに違いない。ヨナのような人物であっても、時として自分と同じように過ちを犯すのだ。


そう考えるとロジカの心には海のような広い余裕が生まれ、とても愉快な気持ちになった。彼女は寛大な心でヨナが犯した過ちを無かったことにして、もう一度、手伝いの要求をすることにした。


「ふふん・・・・ヨナ?わたしたちを・・・・」


「・・・ロジカ、その、残念だが」


ヨナは未だかつて誰かの期待をこんなにも壮大に裏切ろうとしたことは無かった。何故ならば誰も彼に期待などしていなかったからだ。否、一度あったような気がする。兎に角、誰かの、悪意の無い純粋極まる期待を裏切るという前例のない行為は、今まで一度も味わった事の無い苦しみを彼へと与えた。


(がーん!!!!!!)


じわりとした苦しみに暮れるヨナの姿を目の当たりにしたロジカに見て取れる動揺があって、ヨナの胸にも何か重くのしかかるものがある気がした。

一瞬にして二人の間に累々と、永遠と、苦しみだけが積み重なって互いの胸を押しつぶした。


額や、胸元に冷却以外の目的で分泌される汗が玉のようになってたまらずロジカは側に立っていた友情を頼った。自分の力だけでは解決できない問題に直面した時、仲間を頼るのが彼等のルールなのだ。


「ジーナちゃんッ!!!!」


よく動く身体と異なり、考えが不器用なロジカと対照的な性質を持ったジーナは、様々な事態に期待を持たない、乾いた考えの持ち主だった。それと同時に他の者らと同じく仲間思いでもあった。

ジーナは性質上、仲間の危機を救済したいという願望も当然持ち合わせていたが、同時に、この状況を僅かに愉しんでもいた。


「ジーナちゃん!!!!!!」


「なんだい?」


「わたし!!変?!」


「変だよ?」


「わたし!!!!くさい?」


「臭いよ?」


「うわーーーん!!どうしてええぇぇ!!!」


「ヨシヨシ」


胸の重りは失せたがヨナはすぐに弁明の必要があると感じた。

しかし、その機会は訪れなかった。一歩前へ踏み出した彼の背中に誰かが問いかけた。


「お前が『ヨナ』だな?」


その声にヨナが振り返るよりも早く、彼の頭部にがさつく布袋が被せられて一切の視覚を奪ったのだ。

抵抗するよりも早く別の者が言う。


「暴れるな?合わせたい人がいる。その人はエリスと関りの強い人だ」


その落ち着いた声の背後ではロジカの悲鳴とそれをなだめるジーナの低い声が聞こえていた。


「いやあああ!!!いやあああ!!!ヨナあ!!ジーナちゃん!!ヨナが行っちゃううう!!!」

「ヨシヨシ。・・・ああオイ、丁度良かった。お前たち今日いいかな?」

「勿論」

「いいぜ」

「じゃぁヨナ。こっちはもういいから暴れんなよ」

「ああああん!ヨナ!ヨナああ!」

「俺たちで我慢してくれよお世話様」

「うう・・・ヨナ・・・わたし・・・諦めない!」


ロジカの熱を帯びた鼻息に、ヨナは事態のとりあえずの解決を見た。文明的な音の数々が遠のいていき、ヨナは被せられた袋の隙間から見える足取りを追った。

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