第48話
何度見ても醜悪な設計だ。虫クズ以下の愚かな欲望を満たすためだけに築き上げられたこの街は既に何百年も前に行き詰まり、手遅れになっていたのだ。当の昔に再利用された愚か者どもと同じく、俺たちは消えかけた種の炎を目の前にしながら、目をそらす事だけに必死になり、多くをかなぐり捨てて、このバカ騒ぎだ。
反吐が出る。
俺たちは進歩する。人間だ、だが、奴らはそろいもそろって後退もする。自分たちの積み上げて来た過去に可能性があると、待っていれば、苦痛に耐えてさえいれば奇跡と呼べる転機がきっと訪れるはずだと頭のどこかで考えずにはいられない、どうしようもない臆病者達だ。
回収の熱が冷め止まないクルードのどこかで一人の男が影の中を突き進んでいた。男の歩は強く、僅かでも心の弱みを見せればたちまち引きずり込もうとする深い影の中を、踏み出すたびにこれでもかと練りつぶして前へ前へと進んでいた。
『ァアッ!ソロモン‼ソロモン‼』
この日、報告書を提出する予定になっている仲間の一人が彼の元へと駆け付けた。病で片目を失った男だ。落ち着きなく、よそ見ばかりしている痩せた男だが仲間の中では長く生きている方だった。
ソロモンは、いつものように歩くのをやめずに仲間の報告を待った。
「ああよかったソロモン、探してたんだよ!2回前の消灯からだ!本当だって!」
「なんだ」
ソロモンはどんな質問にも答える準備が出来ていた。放っておけば仲間たちはすぐに理解できない遠回りをしようとする、その間に一体どれだけの命が奪われていくのかも考えもせずに。
「ああ!ああ!・・・ああ!」
片目男は身振り手振り何かを告げようとして結局何も告げられないままただ狼狽えていた。ソロモンは出かけた言葉を一度飲み込み、苛立ちで煮えたぎる喉と彼を落ち着かせることにした。
「イザーク!イザーク!しっかりしろ」
片目の男イザークは開いている方の目をぐるぐると
「ああ!!すまねえソロモン、なにから伝えればいいのか・・・そいつは何だ?」
「お前は本当にそれを聞きに来たのか?」
「ああ!!いや!ちげえよ!水源バルブだ!78層の992番のバルブが閉まらねえんだよ!ああいや!閉まるんだけど・・・!閉まるんだよ!閉まるんだけどよ!ああ!ソロモン!」
ソロモンはこの目の前の片目男を殴りつけたくなる気持ちを抑えて、消えかけた記憶の中の一人の老いぼれを思い出した。
彼は一度深呼吸し、足を止めた。
「イザーク。落ち着け。いつものようにやるんだ。いいな?」
「ああ!ああ!はあ・・・・すまねえ」
「ひとつづつ、ゆっくりと、お前の聞いた事、見た事、感じたことを俺に伝えるんだ。お前の言葉で」
ソロモンは再び地面を強く踏みつけて進んで、その後をイザークが追った。
「ああ・・・・・はぁわかった。わかった・・・・。初めに気が付いたのはDダウン方面のガキの一人だったそいつがテネットさんに言ってテネットさんがメイのやつに伝えてメイのやつがルルシィのやつに伝えてボウに伝えてボウからフィガロに伝えられて・・・兎に角俺はフィガロの野郎から聞いたんだ!Dダウンの水がおかしいって!それから・・・!それから!」
「イザーク。その原因を調べている間にも、仲間達からお前に沢山の報告があったんだな?だが、それはまたあとでいい。お前が俺だったら何を優先するのか考えて報告するんだ」
「ああ!わかったよソロモン・・・俺もお前みたいになりたいんだ。でもやっぱり無理だってわかってる!・・・ああそうだ。それで」
「水だ。Dダウンの」
「そう水だ。見に行ったら水圧が妙に低くなって水なんて!もう流れてるの流れてないのか分からないくらいだったんだ!おかしいって思ってよ!急いでガキどもに別の水源に水を汲みに行かせてよ!あいつら!はは!もう一人前だよソロモン!!」
「・・・」
「ああ!ああ!すまねえ。それからリッコリオとザムーロにも声をかけて管を辿ったんだ!!そしたら!」
「78層の992番のバルブに異常があったんだな?」
「ああ!そうだ!そうだよソロモン!まだ直ってねぇんだ。あのバルブは他と違ってハンドルが低い位置にあるだろ?締めようとしても管にハンドルがぶつかってそれ以上締められねえんだ!ザムーロのやつがハンドルを切り落とせばいいなんて言ったけどよ!俺たちにとって大事なもんだ!奴にとってもだ!出来るだけ今の形のままで残してやりてえ!あんたならきっとそうすると思って!」
「バルブのパッキンを変えてみたか?」
「ああ!それやったんだ!そしたら、パッキンが石みたいに固くなって!それで!代わりを探して付けてみたんだが何をつけてもダメなんだよ!色々試したんだよ!いろいろだ!」
「樹脂パッキンを2重にしてみたか?」
「2重・・・・?」
「そうだ、2枚重ねるんだ」
「ああ!!ああ!!あんたはほんとにっ!!ソロモン!それならきっとうまくいくよ!」
「ほかには?」
「ああ!トーコのやつなんだが!もう子供が生まれそうだって言うんだ。でも!でもよ!あいつはまだ歩き回ってるし腹も小さいんだ!おかしいんだよ!だけどよ!ああ!これは、ジェシカから聞いたんだ!ジェシカはナオから聞いて!ナオはアラシィから・・・アラシィは・・・」
「トーコは恐らく三つ子だ」
「三つ子?三つ子ってことはガキは3人だけって事か?」
「そうだ」
「じゃ!じゃあ!」
「ああ、出来るだけ人を集めて用事を分担させろ。テネットさんを連れて来てトーコの側にいてもらえ、きっと助けになるはずだ」
「あっ!あっ!じゃじゃあ!さっそく俺行って来るよ!そうだソロモン!」
「なんだ?」
「局員がもうここに来てるって」
イザークの思いもよらない報告にソロモンは歩みを止めて、マーケット用の巨大コンテナリフトを見上げた。クルードの天井に当たる部分の各所に備え付けられたそれらはやはりと言うべきか沈黙していた。
「局員が?目的は?」
「それが分からねぇんだ。何でもヴィンセントとやり合ってもう少しでやろう・・・その・・・・・その・・・・ヴィンセントを・・・・・はぁ!はあ・・・!」
「そのよそ者がヴィンセントと互角にやり合ったという事か?」
「そ・・そうだ!その通りだよソロモン!」
イザークの顔色が一層悪くなり、また、元に戻るとソロモンは再び歩を進めた。
「そいつは食料分配局員だ。探し出して要求を聞け」
「食料分配局員?ってことは!」
「決して手荒な真似はするな。こちらの持っている地上の住居、取引ルート、認証サイン、連絡手段、全て説明したうえでレートに沿った取引をするんだわかったな」
「ああ!ああわかったよソロモン!・・・・でもよ・・・・」
「なんだ」
「あんたは上の連中にずいぶん気を遣うんだな」
見当違いな事しか言わない仲間の一人に図星を突かれてソロモンは思わず微笑んだ。
「そうかもな、ほら早く行け!もうじき消灯になる。トーコを他の妊婦と一緒に安全なことろへ連れていけ」
「ああ!わかったよソロモン!!」
ソロモンは盗み出した9地区のレガリアを持ち直し、彼が向かいべき場所を目指した。イザークがゴミの山をなかば上ったところで振り返り何かを思い出したかのように彼を呼んだ。
「そうだソロモン!」
ソロモンは取るに足らない事項だと決めつけて無言のまま報告の続きを待った。
イザークが言う。
「エリスが戻ったらしいぜ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます