第47話

時は僅かにさかのぼる。


「あ・・・・こんなとこにいた」

「・・・!」


回収が終わって今頃、仲間の多くは広場へと集まって日頃のうっぷんや不安を洗い流している事だろう。一見して無駄に思える営みも、彼等にとっては決して無視できない重要な文化の一つなのだ。


エリスは、彼女たちの宝である『MEGA/JUKE:VOX』が放つ懐かしい光を背中で受けて、回収品も、それに使用される道具も、仲間達もとっくに失せて一足早く本来の冷ややかな姿を取り戻したとある場所へとたどり着いていた。


『大地を支えるアトラス』の裏手側にある辛うじて原形をとどめる古い住居の内の一つ。この時間に限って夢の中のように心地よい音楽が聞こえて来て、横になるとひび割れた壁から仲間達やクルードの姿がぼんやりと見える場所。この場所を知っている者はもう少ない。

ひびから漏れ出ている光が横になっているブルーカラーの顔をほんのりと明るく照らした。


「タップ?」

「・・・・」


エリスの声にタップは体の向きを変えてから答えた。

痩せ細った小さな体は回収が原因で付いた沢山の傷で覆われていた。


「来たのかよ」


「いけなかった?」


「みんなのとこに行けよ」


「あなたこそ、なぜこんな所に居るの?」


「どうだっていいだろ」


「よくないわ。あなたは今日の主役よ?堂々と胸を張っていればいいのよ」


「どうだって・・・いいだろ!」


背中から投げかけられる声が近づいてきたのでタップは横になったまま虫のように這って影の中へ進んだ。

しばらく見ないうちに、かつての仲間は完全に心を閉ざしてしまったのかもしれない。それでもエリスは自分のよく知る人物に対して対話を試みるつもりだった。


「あなたは誰を手伝ったの?タップ?」


姿の見えないところでメガジュークが余韻を奏でて、エリスは入り口の隣で立っていた。それが終わる頃になるとようやくタップは口を開いた。


「・・・・・・・・ロジカと、ジーナ」


「そう、あなたが」


「・・・」


「そっちへ行ってもいい?」


「・・・だめだよ!」







「タップのくせに」

「なんだよ、悪いかよ?」

「すこしも悪くないわ、すこしも。さぁ、なにがあったの?」

「関係ないだろ・・・エリスには・・・・・・勝手に出てっちゃったくせに」

「私たちは家族よ?関係ないわけないでしょう?さあ」

「エリス・・・その指・・・」

「これくらいなんともないわ。さあ」

「・・・」


それから、タップは回収の時にたまたま近くで降りていた一人のブルーカラーについて語りだした。

彼が言うには、彼が飛びついた回収品は今まで回収された物資の中で最も大きなものだったという。彼につながれた動線が誰よりも下まで伸びて切れたのだ。と。しかし、彼は生きていたのだ。なぜならば、その物資を捕まえていたのは彼一人ではなかったためだ。呼びかけに答えて、回収品をよじ登り仲間を見つけたタップの当時の気持ちは想像にたやすい。仲間のブルーカラーはタップを自分の傍へ呼び寄せるとあらかじめ回収していた品物を渡してハーネスを固定するように言った。それからもうすぐ仲間が引き上げてくれる、心配はいらないと言って。タップはその言葉を信じて限界まで伸びた仲間の動線に自分のハーネスを連結させた。すると次の瞬間、仲間のハーネスが切れたのだ。


「俺のせいだ。俺のせいだ・・・」

「あなたのせいじゃないわタップ。あなたのせいじゃない」

「俺はみんなにすごいやつだって思われたかったんだ・・・!ソロモンみたいに・・・けど・・・」

「しー・・・しー・・・しー・・・大丈夫。大丈夫よタップ、大丈夫だから・・・さあ」






「・・・なぁ、俺、変じゃ・・・ないかな?」

「変よ?」

「・・・」

「ここでは全てが変よ?私たちに同じものなんて作れないもの」

「・・・エリス」






「・・・・もぅ平気だよ・・・どっか行けよ・・・これ。やるから」

「これは?」

「っ回収品だよ!・・・なんの・・何の役にも立たないもんだけど」


通常、彼らはよっぽどの事が無い限り回収品を盗んだりはしない、盗みは軽蔑の対象になるし、回収品を得る事は彼らにとってこの上ない名誉なのだ。

タップには2度目のチャンスも、深淵に落ちて行った仲間の形見である小さなドーラン入れを差し出して賛美を浴びることも出来た。しかし、タップにはそれが出来なかった。


エリスは受け取った小さなドーラン入れに明かりを当てて開けてみた。

中はいくつかの小分けにされた淡い色の胴乱と、小さな絵筆と、蓋の裏は磨かれた金属の鏡になっていた。この丁寧なつくりは間違いなく名前も知らない仲間たちの仕業だ。


「向こう向いてて」

「あ・・・ああ」


タップは急にエリスが冷たくなったのでとても不安になった。


「なあ・・・エリス?」

「だめ」

「・・・わかったよ」


響いてくるメガジュークの音楽が変わって、壊れた天井から光が落ちてくる。この曲も彼のお気に入りだ。

自分たちのいる部屋よりも高いところで花火が炸裂してエリスの後姿を仄かに照らし出した。久しぶりに再会した彼女は、恵まれた食生活を送っていたに違いない。その背中や肩は柔らかそうな曲線を描いているように見えた。タップはとても喉が渇いているような気がして思わずつばを飲み込んだ。


「いいよ」


エリスが後ろを向いたままそう言ったので彼は慌てて壁のほうに向きなおってしばらく待つという小賢しい工作を行った。


「うん」


彼が振り向くころには彼女は既にこちらを向いていた。


「エリス・・・?」


金色の花火が上がって、それに照らされたエリスの顔はとても血色が良くなっているかのように見えた。加えて、目元も、口元もまるで別人のように淡く彩られているのだ。唯一、炸裂する花火を反射する深い緑色の瞳だけが彼女がエリスであることを証明していた。


「変?」


エリスは打ちあがる閃光の中で不思議そうな顔をしたままそう尋ねた。

隙間から差し込む光がタップの網膜を突き刺してその衝撃で彼はようやく目を覚ました。何者かが鉛のように鈍重になった体と頭を操って、今されたばかりの質問を必死に思い出させて答えさせた。


「とってもきれいだ」

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