第44話
遥か過去に失われた文明のシティーポップが響いていた。恐らくは人類の歴史の中で文化的な風習が最も栄華を極めて、すべての人間たちの渇望が満たされ幸福が世界を覆いつくしていた時代の名残りに違いない。さしずめこの場所は失われた歴史をほんの一匙封じ込めた
クルードは目まぐるしく回転する煌びやかな人工的な光と、地面や、崩れた建物の支柱や、人々の靴底から奏でられる音楽によって全体の印象を大きく変貌させていた。
ヨナ!ヨナ!
子供たちが割れたタイルの上で何度も跳ねてヨナの手を強引に引いた。彼はされるがまま崩落した住居跡から進んで、近くにあった水飲み広場がもっと良く見える場所までたどり着く。耳に心地よい女の声が見えない場所にいくつも備え付けられたスピーカーから鳴り響いて、光の点滅は彼等ブルーカラー達の心臓の鼓動そのもののようだ。子供たちが遠くに見えている大人達の影を真似て自由気ままに体を左右に振って跳ねまわってなんとも言えない叫び声をあげたのでヨナは自分から子供たちの関心が失せたという事にしてその場にそっと腰を下ろした。
地面は固く、僅かに振動していて暖かかった。
肉舐めが来るぞ!
肉舐めが来るぞ!
スリルの中で子供たちがそう叫んでけらけらと笑った。
クルードの光の点滅に合わせて闇から浮かび上がるブルーカラー達のシルエットはハイウェイの標識に似ていた。ヨナにとって見慣れているはずのそれらが、この時彼の存在を確かに圧倒していたのだった。
あらかじめ意味を持って生み出されて、与えられた使命をこなすだけのハイウェイの標識と、誰からも見られる事無く、競い合うわけでもなく、利益になるわけでもなく、政治的に利用されているわけでもなく、また、言いつけられた訳でもない、蓄えられた貴重なエネルギーを消費するだけの大いなる無駄に情熱を注ぐ彼等とでは見た目こそ似ていたとしてもその性質は根底から異なっているのだ。
目の前で跳ねる子供たちを見ていて思う、彼等は自由であり、人間であり、この星に生き残った最後の生物なのかもしれない。
なんとも下らない考えだ。
ヨナはこもった熱を静かに吐き出して身体の力を抜き背中を僅かに丸めた。
体にじんわりとした疲労感が行きわたって、それを追いかけるように休息の快感が全身の筋肉を駆け抜けた。
ヨナ!ヨナ!ヨナ!
大人達のように上手く体を動かす事の出来ない子供たちは自分たちの羞恥を薄める目的でヨナを利用しようと企てているようだったが事実はまるで異なるかもしれない。
彼は座ったまま子供たちに視線だけを投げて否定を意味する態度を示した。
赤色と黄色の光の線がクルードの空に現れて、どこか見覚えのある文字となり消えた。子供たちはすぐにヨナに飽きてしまう。響いてくる曲調が変わったのだ。
子供たちは再び見よう見まねでからだを揺すって、上手く行かない時間がしばらく続くとまたもやヨナを呼んだ。
どうやら彼等は、自分たちだけが観察されていることに不平等さを感じているようだった。子供たちがあまりにも強硬な様子を示したのでヨナは仕方なく立ち上がり彼等の後に続いた。足元に気を付けて広場の近くまでたどり着く、子供たちがまた体を揺らし始めたのでヨナは彼等が見える場所に再び腰を下ろした。
広場には数十名のブルーカラー達が集まって、地上のどこよりも慌ただしい時間が流れていた。
彼等の見事な動作は驚くほどに多様で、痩せ細った彼等がその体に秘めた妙技を余すことなく順番にヨナへと披露しているかのようだった。彼等だけではない、このクルード全体が当の昔に失われてしまった華やかな夜を夢見るように、空中に描き出された鮮烈な光のサインは様々な
この街を創造した者は恐らく世界で一番優れた創造者に違いない。そして、いずれ彼女も。
まるで、たわけた考えだ。
体を揺らす大勢人々の中で一際彼の関心を引く者がいた。煌めく深い青色の透き通った大きな瞳、どこか常識から外れて細く波打つ豊かなブラウンの髪に浮かべられた銀色の輝く髪飾り、汗で張り付いた薄着に引き立てられた見栄えのする身体、偶然にもそれはロジカであった。
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