第43話


濃い人間のにおいが満ちた臭い場所だった。


たとえ、住む場所をどこへ移そうとも彼等ブルーカラー達の性質は何ら変わらない。

地上でエリスと交わした数多の意味の無い言葉の交換よりもずっと情報量の多いまるで業務のような質疑応答の末、気が済んだ彼等から投げつけられる役に立たない身の上話、彼等は決まって、自らが日頃から積み重ねる労働について熱の篭った解説をしたかと思えば、視界に入り込んだ新たな関心を求めて一人また一人とヨナの元を去っていき最後には意思疎通もままならないような幼いブルーカラーたちを置き去りにて忽然と姿を消してしまった。


「これからどうすればいい?君たちはエリスやロジカやジーナがどこにいるのか知らないか?」


ヨナの周りをぐるぐると不規則軌道を描いて動き回る幼く、柔らかい、みずみずしいブルーカラー達の個体識別は困難を極めていた。なので、ヨナはこの時も意図的に個ではなく集団に対して、何度めかにもなる質問をした。


しらなーい。

あ!見て!

ヨナ!ヨナ!

(笑い声)

(叫び声)


彼等の返答はいつも決まった数パターンの言語かまたはその組み合わせだった。


今現在ヨナがいる場所はブルーカラー達の住居が半分ほど崩落し滑り落ちて坂になり、そのようなものが二つ重なった間に出来た隙間のような場所だった。折り重なった瓦礫から漏れる様々な形状の光を頼りに、もう少しで開けた場所へ出ようかというところで、ヨナは進行方向上にあるものを見つけた。それは、崩れた建材の隙間からはみ出している人間の遺体だった。それは恐らくまだ新しいのだろう、遺体から抜け出た中身は水分を多く含んでいるように見える。


視点の関係上、彼等があれを見つけるのはもう少し先に進み、斜めになった建材の山を越えたあたりになるだろう。


特に理由もなく彼は幼いブルーカラー達に対して興味が湧いて「君たち名はなんという?」と尋ねた。


エリスやほかの大人たちの話にまるで関心の無かった子供たちは、初めて自分たちへと投げかけられた質問に目と耳を傾けた。何かのスイッチでも押したかのように彼らが一斉に話し出したので、ヨナは騒音から逃げるように枝分かれしてしている狭い道へと歩を進めた。すると、子供たちは彼の思惑通りに後を付いてきた。


その場の最も背の大きな娘が重ねて言う。


「わたしたちになまえはまだないよヨナ」


小さなジャケットを着た男児が続けて言う。


「手伝いをするようになったら名前がもらえんだ」


鼻腔から体液を垂れ流す男児が言う。


「俺・・・って名前がいいな・・・」


数名が一斉に言う。


『ダメだよ!!』


反射的に大きくなった声は不意を突く攻撃に近く、子供たちは思わず身体をびくつかせて一斉に押し黙ってしまった。会話に参加していた子供たちの間には、しまった。というような自分たちの行いの失敗を認識する態度が見えていた。

ヨナは、足元に向かって伸びていた鋭利な建材をブーツで外側へと曲げて、先へと進んで、後に続く者が彼の想定したルートを辿るのを見守ると口を開いた。


「彼の名前は特別なのか?」


すると、子供たちの数名が肯定を示す態度を見せた。


「みんなトクベツ」


一人の罪の意識が前方から差し込む黄金の光で清められると、続いて他の子供たちもまるで何事も無かったかのように快活になった。

随分と遠回りしてしてしまったがようやく開けた場所に出て、そこからはクルードの天井やそこから延びる柱や不安定な高所の足場の上に立っているブルーカラー達の姿も見えた。彼等はそろいもそろって何かを待っているようだったが、今のヨナにとってはどうでもいい事だ。


「全員、いるのか?」


ヨナが振り返ってそう尋ねる、通ってきた道は中々に狭く、彼等のような薄着では体が傷つく恐れもあった。ヨナの懸念とは裏腹に、子供たちに目だった外傷は一切ないように見えた。しかしながら、彼の見た光景はいささか奇妙なものだった。子供たちはそろいもそろって何かに操られているように立ち尽くしていた。


束の間、浮かんだ疑問は消え去り。彼はすぐに、その原因がわかったような気がした。


埃にまみれた地面を伝わって一定の間隔で響いている音と光量の落ちたクルードのいたるところから放たれるプリズム反射とその閃光。あれほど熱心によそ者の面倒を買って出ていた子供たちは一斉にヨナを追い抜いて跳ねた。

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