第42話
『ヨナやめて!!!』
人々が巻き起こす熱気と雑音の群れに紛れて鳴り響いた悲鳴とも呼べる絶叫は、確かにエリスから発せられた声だった。
声が聞こえた時、ヨナはその言葉に従う必要がなくなっていた。
ヴィンセントの神速はすでにヨナの腹を通り過ぎた後だったのだ。
これ以上の闘争は真の意味での意味のない死となってしまうだろう。周りで見ていた人らはともかく当事者の二人はそのことを互いに良く理解していた。
少し前、相手に早く到達するのは確かにこちらの刃のはずであった。
しかし、エクスプロイターの閃光が消えるよりも、ヨナが目の当たりにした一連の動作は遥かに早かった。
ヨナは、恐らくロジカにもそうしたように刃が肉を切り裂く寸前に信じられない程柔軟に働く手首と、それによって体と紙一重の位置をすり抜けていく彼の鋭い刃が見えて咄嗟に振り下ろした刃を止めたのだった。
この男がもしその気なら彼は切られた事にすら一瞬の間は気が付かなかったかもしれない。そして、いざ体を動かそうとした時にそれは二つに崩れ落ちるのだ。
二人を囲んでいたブルーカラー達の額には揃いも揃って冷たい汗が滲んでいる。
「ボウズ」
ヴィンセントが体の動きは止めたまま言う。
「お前の負けだよ」
「君は俺があのまま辞めなかったらどうするつもりだったんだ?」
「なあに、そん時もお前の負けだよ」
簡単な言葉でのやり取りの後、ヴィンセントが石のような体を伸ばした。彼の汚れた顔を洗った大量の汗が模様のようになって、元々顔にあった大きな傷跡を隠していた。
それから彼は、自分の体の時間だけを逆に進めて殺戮の道具を鞘へと納めた。
ヨナが彼から拝借していた殺戮の道具を返すと、ヴィンセントの体の時間は再び逆行した。
粛々とした黄金の空気の中に小気味良い金属音が立て続けに2回響いたかと思えば、回収を終えたクルードのいたるところから歓声や雄叫びが薄っすらと聞こえてくる。
互いに足の位置を戻して、少し前と変わらぬ健やかな様子を二人が見せると、ずっと様子を見守り、中には気を失う者まで続出したブルーカラー達はいよいよ安堵と恐怖とヴィンセントへの怒りを爆発させて、あっという間に二人を取り囲んでしまった。
ヴィンセント!
ヴィンセント!
馬鹿!馬鹿!
ああよかった!
よかった!
ありがとう。
ありがとう。
彼等はそのままヴィンセントをどこかへと連れて黄金のクルードの中へと溶けて行った。
それが大体半分の者らである。
ではもう半分はどうなってしまったのかと言うと、それは、ついさっきまでヴィンセントに殺す殺されるなどとと、散々自分たちの不安を煽る元凶ともなったよそ者のヨナの元へと殺到していた。
彼等は口々に感謝の言葉を述べながらシャワー室の行き場を無くした床の水たまりのように無軌道になってヨナを包囲し、しばし連れ回した。
ヨナは目まぐるしく変化する顔と、臭いと、次々と投げかけられる質問に冷静に対処しながらエリスやロジカやジーナの姿を探した。
すると、遠くの方でどこか慈愛に満ちた顔の3人がこちらを見守っているのを見つけて、彼はこの地の掟にしばし身を任せることにした。
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