第41話

地上の街には地上の街でのルールがあった。局員たちには局員たちの、ブルーカラー達にはブルーカラー達の、そして、クルードにはクルードのルールがあり、彼には彼の確かな掟が存在していた。


柱の中を唸りをあげて落ちていく騒音が次第に小さいものとなり、人知れず最後に落ちて行ったのは小さな小さな金属の磨かれた食器だった。地上から遥か地下まで続く空洞の残響が聞こえなくなると同時に、ヴィンセントの石の如き四肢は唸りをあげた。


ア゛ッ!!!!!』


彼の初撃は殺戮の答案としてこの上なく的確なものだった。

向かって、左袈裟で振り下ろされた攻撃はすぐに足元を薙ぐような攻撃に派生して、ため込まれた力を初速に乗せた凄まじく速い横薙ぎへと続いた。

ヨナはそれらを全て躱していたが対する解答は限りなく少ないと感じた。


ヨナの敏捷さと当の昔に滅んでしまった野生の渡り鳥のような勘の良さを目の当たりにしてヴィンセントは道具の持ち手を締めなおした。

それから3連、攻撃の所作が行われたがそれらをすべて見切った者は二人を除いてだれも居なかった。空中に広がる鋭く伸びた青白い残光の数が増えるたびに見守る人々の顔からは血の気が引いていった。


僅か数回の攻撃でおおよその間合いを掴んだヨナは地上から持ち込んだ空調パイプの長さを利用することにして、一方的なアウトレンジからの攻撃を試みてそれは誰の予想をも上回る大きな効果を挙げた。一時的な有利を得たかのように見えるヨナであったが、勝負が決まる程決定的なものとは到底なり得なかった。

ヨナの一撃を側頭部に受けてよろめいたヴィンセントは、目の前の、戦いがすっかり板についたと思わしき若者に既に罠を仕掛けた後だった。


良すぎる目、良すぎる勘、良すぎる頭脳が時として仇となるのだ。


防御に回した腕の骨は砕けたかもしれないが武器が握れれば問題はない。

ヨナの得物に伝わる確かな手ごたえと、底知れない危機感。代償と引き換えに得る絶好の好機。


ヴィンセントの反撃は的確にヨナの首元を狙いすましてこの日一番の鋭さを誇っていた。咄嗟に躱したヨナを執念深く追い詰める横薙ぎの攻撃は逃げ遅れた空調パイプを鋭く斜めに切り裂いた。


見守るブルーカラー達に我慢の限界が訪れようとしていた。

彼等は無意識のうちに形成していた円形の決闘場をじりじりと締め付けていった。


ヨナはすぐに敗北と失敗を認めて、状況に適応するよう努めた。


鋭角にカットされた空調パイプは突き刺すにはもってこいの物だった。

彼は、ヴィンセントの負傷した側の肩辺りを容赦なく攻め立てた。


ひとつ突き、ふたつ突き、ヴィンセントはそのどちらも小手先の動きだけで先端をいなして僅かな負傷は放置した。


三度、突いた頃には、次に備える余裕さえ滲んでいた。


個人の性格や気質によっては、それは敗北とも呼べただろうがヨナにとっては取るに足らない選択だった。


ヨナは4度目の攻撃に突きを選択しなかった。それでもこの時まだ彼の攻撃は未だに継続していた。次の攻撃は頭上から振り下ろされる強烈な打撃であった。


それは奇しくもヴィンセントが虎視眈々と体の機能の一部を餌にしてまで待ち望んだものであった。


素早く身をひるがえしたヴィンセントの目の前を空調パイプが通過して暴力的な風を生み出した。それが地面に激突するよりも早くその先端を靴の紐を結びなおすかのような年寄りじみた動作で上から踏みつけて彼は地面と一体となったのだ。


「・・・・!」


人形のように整った若者の顔にみずみずしい生物的な動揺の色が微かに覗くと、老練な戦士は生まれ持った己の性質を隠しきれなくなって口元をニヤリと歪めた。


ア゛ッ!!!!!!!!』


嬉々として容易い一閃と共にヨナから一切のアドバンテージが失われた。


彼には今すぐに交戦距離を検める必要があった。ヨナは短く切断された空調パイプを持ち直す事も無く両手でしっかりと固定してヴィンセントの懐へと飛び込んだ。

彼の指先には若々しい力がみなぎり。彼の内ではこのヴィンセントという偉大な求道者に対する責任感があった。それなくして、対話など成立するはずがないのだ。


ヴィンセントはすぐさま体を捻ってそれを躱すと石の如き体に溜めていた力を爆発的に開放して刃を振るった。刃は逃げ遅れたパイプを更に短く切断し空を切った。

しかしすでにとどめとなる一撃が用意されている。


ヨナは下から突き上げるように体を屈めたままヴィンセントへと体当たりをした。

真っ直ぐ持ち上げたのならば絶対に持ち上がるはずもない恐ろしいほどの重量感が彼の肩にのしかかったがヴィンセントの体はいつかの平和贈呈局員の大男のように持ち上がって姿勢を崩さない事に躍起になっていた。

隙を見せれば地面と接着しようとするヴィンセントに対して、ヨナがこの一時的有利を継続するためには必要があった。

そんなことは不可能だ。僅かだが発生したこの時間で彼は次の解答をヴィンセントへ示す必要があった。


持ち上げた体に重量の調和が訪れて十分な勝算をもって振られた刃に対して、ヨナは咄嗟に彼の腰にもう一振り差し込まれた殺戮の道具を利用して対応する事にした。


鞘から抜かれた刀身はクルードの黄金の光を受けても尚冷たく光り輝き、ただの空調パイプと異なり凄まじい打ち込みを受けてもびくともしなかった。

止められた刃を追うようにヴィンセントが関節を軋ませて交錯した刃に力をめる。


「壊すなよ?」


ヨナは純粋な力比べが一瞬でも継続していることが奇妙に感じて文字通り火花を散らす刃の交錯を解いて道具の性質を確かめるかのように刃をふるった。対するヴィンセントはまるで無駄のない攻撃を時にはいなし、躱し、受け止め、僅かな隙を見つけては相手のテリトリーへと苛烈に切り込んで、ヨナが少しでも選択を誤れば彼はたちまち蹂躙されてしまうだろう。二人が刃を交えるたびに恐ろしい金属音と灰と飛沫がとびちった。


クルードの灯りに僅かに陰りが現れる。


ブルーカラー達ははじめこそヴィンセントの事だから。と、自分たちが良く知る彼の事だから。と、自らの思考と行動を互いに空振りさせていたが、反撃に出たヨナの一閃がヴィンセントの耳の半分ほどを切り取ると堰を切ったように声をあげた。


やめてくれ!

ヴィンセントもうやめて!

やめろ!

もうやめろ!

だめだ!

どうして!

ヴィンセント!!

ヴィンセント・・・!!


当の二人はその場の空気に従う気配など決して見せない。

それは、高速で回転する車の駆動系を片側だけ急停止させてしまうようなものだ。


ヴィンセントの肩が膨らみそれと共に背負う殺意が濃くなった。

凄まじい連撃が繰り出されてヨナはひたすら耐えた。


そして、この瞬間!!


僅かな、エクスプロイターの閃光のような一瞬の僅かな反撃のタイミング。


ヴィンセントはあろう事か刃を鞘に収納し体を小さく小さく凝縮していた。

ヨナの経験上圧倒的に有利なのは自分のはずであった。こちらは既に刃を振り下ろしている最中でその相手はと言えば道具を構えてすらいないのだから。しかし。


やられる・・・!


彼を殺したのだとすればそれは、に他ならない。



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