第40話

厳めしいその言葉は、今も鳴り響く凄まじい破壊音にかき消されて僅か数名を除いて無視されてしまったのは必然といえたのかもしれない。

ヨナはあの何処か普通ではない雰囲気を纏った老いた人物が自分の事を言っているのだとすぐに気が付いて名乗り出ようとした。地上で平和贈呈局員たちが人々のモラルと秩序の守護者であったように、この場所にも彼らに準ずる存在があってもおかしくは無い、正直に名乗り出て、そして、しかるべき処置を施される事こそ適当なのだ。彼の物静かな態度とは裏腹にエリスは他の選択肢を模索しようとしている途中のようだった。

彼女にそうさせたのは、を知る者のみが感知できる微妙な変化を敏感にとらえたからに他ならなかった。


エリスは体を縮めて点呼と時間稼ぎの意を込めて小さなコミュニティ内のメンバーの名を呼んだ。


「待ってヨナ。ねえ?ジーナ、ヴィンセント・・・」

「ああ、じゃないな」


ヴィンセントと名乗ったあの男は、見た事の無い殺戮の道具を腰に二つも携えて眼光鋭く固定物かのような出で立ちでそこに立っていた。


『名乗りでよ!!』


次の一声は先の呼び声よりもずっと大きく聞こえた。

それは、落ちて来る資源の奔流が次第に弱まり、この日の回収が終焉に近づいていることを現していた。

一足先に引き上げられた男らも、集まったブルーカラー達も、エリスやジーナのように困惑した様子でヴィンセントと名乗る人物に注目し始めていた。


その場の大勢が気が付いていなかったが、ヨナは、あのヴィンセントと名乗る男の立ち姿から派生するであろうありとあらゆる殺戮の所作が見えていた。甚だしい勘違いだったのかもしれない。


「行かないと。君たちに迷惑を掛けたくはない」

「でも・・・心配だわヨナ」

「いーじゃねえか。意外とダンスのお誘いかも」

「バカ、ジーナ。あなたは最低よ」


ヨナはヴィンセントと名乗る男の言う通り、自ら名乗り出ようとした時だった。


「待って!!」


ヴィンセントの厳めしい言葉に一番初めに答えたのは何とロジカであった。

彼女は、誰かが止めるよりもずっと素早く行動した。


そして、まっすぐヴィンセントの元へと向かった。


「待つんだロジカ君は・・・」


「違う!違うの!ヴィンセント!!」


肩を弾ませたロジカが近づくのをヴィンセントは鋭く睨みつけて、普段の彼をよく知る物は得体のしれない恐怖と不気味さに体をこわばらせることしかできないでいた。


「違うの!あの人は悪い人じゃない!」


次の瞬間、ヴィンセントは殺戮の道具を解き放って何の躊躇いもなく振りぬいた。そして、集まったブルーカラーたちが、男も女も子供も青い顔をして叫びだすよりも早く、足元に転がったロジカへととどめを刺そうと逆さに構えた刃を突き立てた。


間一髪、刃は軌道を逸らさずを得なかった。持ち主を防衛するという最も重要な使命を全うしたのだ。

奇妙な獲物から伝わる並々ならぬ強靭にヴィンセントは肩の裏あたりに一度寒気が走るのを感じた。


二人は一瞬鋭く睨みあって、先にヴィンセントがよそ見をしたのでヨナは後に一歩下がった。


「ロジカ。立ちなさい」

「ううん・・・・はっ!ヴィンセント!ヴィンセント!違うの!違うの!」

「早く立て」

「・・・うん」


ロジカは、やはりというべきか無傷であった。

彼女は立ち上がるととても申し訳なさそうに、ヨナへと駆け寄った。


「・・・ヨナ!」

「ロジカ怪我はないか?」

「うん、でも!」

「エリスのところへ戻るんだ」

「・・・うん」


両者を遮るものが一切無くなるとあたりは瞬く間に人々からにじみ出る物々しい雰囲気に支配されていった。誰もが仲間の窮地を救おうと必死に頭を捻り、何の成果も出ないと言った様子だ。


初めに動いたヴィンセントが捻じれた短い髭を石のような指でこすってさりげなく構えを変えた。一連の動作は、液体のようで同時にはがねであるかのような印象を見る者に与えた。

一転して、彼は指導者のように落ち着いた口調で言った。


「俺たちの仲間になりたければまず俺を殺すことだ。さもなければ俺がお前を殺してやる」


彼の発言をまじまじと聞かされて集まっていたブルーカラーたちは息をのみ所々で小さな悲鳴を上げた。彼等にとってそれは決して口に出してはならない禁忌だった。


「なぜそんなことを?」


「ここじゃ理由もなく人が死ぬ」


続く言葉は何も存在しなかった。ヴィンセントが地面と一体となり、殺戮の道具を自らに向かって構えたのでヨナもそれに応じる形でただならぬ覚悟とも呼べる雰囲気を纏ったこの人物との対話に備えることにした。

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