第38話

「ほらっジーナちゃん!あの人!ヨナ!」

「えぇ?あいつが?」

「うんっ!おーい!」


ロジカの声はクルードの騒音に殆どかき消されていたが、ヨナも、そして、エリスも彼女の存在にすぐ気が付いて散々としたクルードから僅かに浮き上がる姿を視界にとらえた。


エリスが体の筋を膨張させて声を張り上げる。


「ジーナ?!あなたジーナね!」


またかつての友人を見つけたのであろう彼女がそのままの勢いで人ごみを駆けたのでヨナもその後を見失わない程度に追った。


自分の方へと駆け付けまいとする友人の姿をよそよそと伺っていたロジカもいよいよ我慢できなくなって、傍らにいたジーナの手を引いて往来の隅から飛び出した。


「おっ・・・おいロジカ、あたしは」

「エリスちゃん!エリスちゃん!!ヨナあ!」

「・・・まったく」


それから3名のブルーカラーの娘たちは衝突して、いつかのように互いの体を締め付け合った。


「ジーナ!よかった。あなた・・・よかったわね」


「え?ああ、まあな。お前こそ急に上へあがったって聞いたから、いくらソロモンの言いつけってもびっくりしたぞ」


「わたしもよ。でも、ヨナに助けてもらったからこうしてまた会えたわ」


「ヨナねえ」


塊からいち早く抜け出したジーナは、段々と速度を鈍らせ始めた往来を行く人々を難なくすり抜けてヨナへと直進した。

ジーナと呼ばれるこの娘は、エリスよりも僅かに背が高く、引き締まった若々しい体躯と、浅黒い肌を持った人物だった。

ジーナは、やはり、先ほどロジカが行ったのと同じようにヨナが纏う空気が危険でないのか否かを顎を少ししゃくって嗅いだ。


「ふん・・・・まあまあだな」

「・・・」

「ジンジャーをくれたらしいな。ありがとう、メシが楽しみだよ」


彼女の言う『ジンジャー』というのは、彼らブルーカラーたちが用いる青い合成飼料の呼称で、『メシ』というのは食事の事である。


「そうか」


ヨナはポケットの青い合成飼料の事は余程の事が無い限り黙っているつもりでいた。エリスの言う通りだ。たとえポケットいっぱいにジンジャーが詰まっていたとしても、彼らの飢えを少しの間だけ先送りにする事しか出来はしないのだ。


ジーナが両目を真っ直ぐ彼に向けて続ける。


「エリスの事も、ありがとうな。あいつはあれで結構大変な立場なんだぜ」


ヨナは街で彼女の仲間たちが平和贈呈局員たちによって抹消された時の事を思い出していた。それを踏まえて彼は答えた。


「彼女の事は何も知らない。だが、彼女が居なければ俺は今ここにはいない」


「俺は今ここにはいない・・・・?ぷっ」


ヨナの言葉を聞いてジーナは整った顔を少し歪めて、それから、体をくねらせた。


「おい!エリス!こいつお前そっくりだな!」


「あなたはおかしな事を言うのねジーナ」


「そーかもな。あーあ。もーおちょっと早くくりゃよかったのに」


ジーナは両手を後頭部に回して体の筋を伸ばしてそう言った。

往来の人々が巻き起こす気流を受けて、彼女の衣服の隙間から脚の一部が僅かに覗くと、それを目がけてロジカがこちらにやってきた。少なくともヨナにはそう思えた。


「・・・・ジーナちゃん!」

「ロジカ!危ないよ!」

「え?」


『おーいどいたどいた!』


彼等の住処で彼等の日常でのありふれた出来事だ、そう簡単に大事にはなりはしない。

二人の前を今通過していったのは、人間を横に何人も並べたように長い車輪付きの荷台だった。あのまま飛び出していたら、ロジカは今なお埃を巻き上げて進むそれと衝突していたかもしれない。

彼女はすぐに肩を持ち上げて、エリスに張り付いて、それから、荷台を引いている者に謝罪した。


「っ!・・・ごめんなさい」

『お世話様!気をつけろよ!』『そうそ!傷付けちゃいけないもんね』

誰かが呟いた。

「長いトレーラー。いっぱいになると良いね」


荷台を引いていたブルーカラーの男は二人を横切りながら、手振りを付け加えて言った。


「なるとも」


一行を両断する、荷台の連なりが無くなったのはそれからしばらくしてからの事だった。最後尾の者が少し遅れて後に続くのを見届けるとジーナはヨナへ目配せして往来の隅の方へ居場所を移すように促したので、彼はそれに従った。


「まったく、危なっかしいったらないよ。なぁヨナ?」


「君たちはみんなああなのか?」


「ふふ、そうさ。バカみたいだろ?」


声の届く距離までジーナが来るとエリスは声を上げた。


「ジーナ。さっき最後についていったのって・・・」

「ああ、タップだよ。あいつ今日から降りるんだ」

「そう、タップが・・・応援に行かないといけないわね」

「そーだな」


「ヨナあー!ヨナこっちだよ!」


ロジカは、よそ者で、この地になれていないヨナが気になって仕方がなかった。


ヨナは小走りで彼女の元へと駆け付けて、放っておけば際限なく前に出続けようとするその体を往来の隅の方へと押し込んだ。彼の懸念通りに、さっきまでロジカがいた場所はあっという間に人々や大きな荷車の流れに飲み込まれて消えた。


「・・・ヨナ?そんな・・・私・・・お水を汲んだり準備が・・・まだ」


「ロジカ、君はもう少し慎重になった方がいい」


そして、そんな彼女に掛けられた言葉はそのようなものだった。

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