第37話
暫くそこで待っていると下から何も乗っていない空のゴンドラが段々と上がってきて、それはちょうど二人の前で停止した。
エリスが案内をかって出るように一歩乗り出す。
「ヨナ、あなたのその棒を貸して」
ヨナは言われるままに念のためずっと携帯していた空調パイプを彼女に預けた。
エリスは、パイプの先端でとても慎重にゴンドラの床に当たる部分を何度か押した。
誰も作り方を知らない叡智の結晶とも言える一連の設備は、彼女の失った指や痛めつけられた体の僅かな力をも動力へと変換し、布切れでも釣り上げているかのように何度か上下し、やがてびくともしなくなった。
「良さそう・・・でもどうしようとても怖いわ」
「俺が先に乗ろう」
「そうじゃ無いのよヨナ。やっぱり一緒に乗るべきよ」
「わかった」
「うん。いくわよ?せーの・・・」
「・・・」
二人は同時に一歩踏み出して到着したゴンドラの床に体重を乗せた。
彼女の言ったとおりに、あからさまな人工物であるはずにもかかわらず、床は所々が摩耗し、歪曲し、全くもって平らではなかった。
エリスの心配をよそに危険な変化は見受けられない。彼女がほっと一息ついて、裾をつまんでいた手を離すと、それを合図にしたかのように二人を乗せたゴンドラはゆっくりと下降を開始した。
『
上から見ていた印象とはまるで違う、あの場所から見えていた彼らの住居の正体は折り重なる物で偶然発生してしまった。言うなれば彼らの住処の蓋の部分だったのだ。隠された薄暗いその場所ではより多くの人々がひしめき合って、焼ける皮膚の下で蒸発する水分のように慌ただしい営みを繰り広げていた。
「君が見せたかったものはこれの事なのか?」
「いいえ、こんなものは息をするのを見るようなものよ?さあはぐれないで」
「わかった」
一歩また一歩と歩くたびに足音や話声で頬を張られるような感覚、誰もが満足に食う事すらままならぬこの場所は不潔で散々としていて人間の活気に満ち溢れていた。
遠い過去の名残である粗悪な屋根の連なりを通り過ぎて、水飲み場になっている広場をぐるりと迂回し、たどり着いた場所は蓋が大きく取り除かれた場所で焦げた縁から見える空間には例の巨大な柱の一本がそびえたっていた。
心なしか、彼らの熱量が大きい。
「よかった。今日は消灯は無いみたい」
エリスは息を弾ませてそう言った。
生まれ育った地が見えない力を供給しているのか、彼女に怪我や疲労による衰弱は全く見受けられない。
地上まで伸びている巨大な柱は、彼等ブルーカラー達の重要な拠点の一つなのであろう。付近では多くの者たちがあの柱を中心に不規則軌道を描き活動している様子があった。ヨナたちもそれらの内の一つだった。
段々と地形によって隠されていた柱の全貌が明らかになりはじめる。
近くで見ればそれはやはり巨大であった。
天井まで続いている柱の根元には大きな人間を模った物が彫刻されていて、それらは数名で力強く巨大な柱を支えているかのような姿勢を取っていた。更に、彫刻はそれだけではなかった。遠くから見たときには決して気が付くはずも無い、石なのか、金属なのかも知れない柱の表面にはびっしりと何かが刻まれてそれは認識が及ばなくなる遥か上までも続いていたのだ。この大いなる無駄は彼等のなせる業の一つかもしれないもしくは・・・。
『あ!!おーい!ヨナあ!エリスちゃん!!』
雑多なその場所で、二人の名を呼んだのはいつかのブルーカラーの娘ロジカであった。
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