第36話

彼ら全員の飢えをしのぐための食糧を除けば、このクルードと呼ばれる地域は実に多くの物で溢れかえっていた。むき出しのエネルギーラインでは様々な金属やガラスが溶かされ形を変え、上水管を無理矢理歪めて敷かれた水路では緻密に裁縫された生地に染み込ませた薬液が洗い流されて、狭く不規則な住居の上を沢山の積み荷を背負った人々が行き交い、地上の住居には必ずと言っていいほど搭載されていた衣類用のダストクリーナーを巨大空間用に作り替えた換気システムは巻き上がる塵や埃や布くずや彼らの汗を瞬く間に空間から消滅させていた。


ヨナはエリスの言いつけを頑なに守り、飢えながらも勤勉にそういった営みを続ける彼等と決して視線を合わせないようにした。

この場所では、自分には優先順位の高い確固たる目的があるのだ。と、常に偽る必要がある。そうでなければ、街の上層階級の者たちへ売りつけるための商品の用意に躍起になっているブルーカラー達の労働力の一つとして格好の餌食になってしまうだろう。


彼等は地上で散々見て来た彼等の仲間たちと同じく、どうしようもないほどに勤勉であった。エリスが今ちょうど飛び越えた水路のそばで、幼いブルーカラー達の手も借りて作成されているのは、透明な樹脂で閉じ込めて特殊なカッティングを行った熟成酒のボトルだ。あれは勿論であるが、購入者である街の上層階級の者らは決して飲むことは無いとされている。彼等にとって飲み食いするという行為は見下しているブルーカラー達が必死になって行う下品極まる日常行為であるためだ。あくまで寄贈用の貴重品として扱っている品物が、こんな場所で、あのような方法を用いて作成されていることを彼等が知ったらいったいどんな騒ぎになってしまうのだろうか想像もできない。

他にも、彼等が好んで被る帽子や衣服、絨毯、装飾品など、ヨナが知る限りでは多くがここで用意された物のようであった。


それらの中には、金属を鋭く丈夫に加工し殺傷能力を高めた道具もあった。


「・・・・ヨナ?ヨナ?」


「聞いている」


「あなた、ロジカを探していたのね?」


「違う」


「そう・・・ロジカはお世話様になるのよ?とてもすごいのよ?・・・もう少し、わたしたちはあそこへ向かうの」


エリスは、地面が鋭角に隆起している場所へ慣れた様子で歩を進めた。

その先はちょうど折り重なる物の群れが切れた場所となっており、黄色い光が差し込んでクルードの様子がよく見えた。


ヨナの住んでいたアパートがすっぽりと収まってしまう程下にブルーカラー達のさらなる住居が広がっていた。

物で埋め尽くされた住居の中心には巨大な四角いプレートが鎮座し。

半球状の天井からはいくつもの柱が下へと伸びて、それはまるで、凄まじい力でせり上がる地面を無理やり押さえつけているかのようだった。


エリスの指が指していたのはその巨大な柱の内の一本だった。


「消灯が無ければ、これから回収が始まるわ」

「回収?」

「ええ、でも、そんな事はどうだっていいの。見て欲しいものがあるわ。今日が最後じゃないなんて誰にも言えないもの」


近くにあったゴンドラにエリスが小さな重りを乗せると滑車の反対側から延びるワイヤーが鈍い音を立てて流れ始めた。

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