第35話

そのような騒音の中に奇妙な音が鳴り響く。濡れたブーツに無理矢理足を通してそれを連続して繰り返したような不思議な、どこか聞きなれたような音だった。

クルードのわずかな隙間で抱き合う二人のブルーカラーはその音を聞くと操られるように互いの体を離して顔を上気させた。


「あっ・・・あ!嬉しくなったらお腹すいちゃったみたい。どうしてだろう、いつもぺこぺこなのに。おかしい」

「最後に何か食べたのはいつ?ロジカ」


彼女は下腹部を両手でさすって、腹の音をなだめて続けた。


「覚えてないの、最近は消灯も多くて・・・昨日も、なんの知らせもなくいきなり消灯したの。それで、それでね・・・」


いいおよんでロジカは再び目にいっぱいの涙をためて、こぼれる前の涙を労働によって荒れた指先に吸収させた。


「いいの。いいのよロジカ。ごめんねそんなつもりは無かったの。あなたはとても立派よ?さあ塩は貴重なんだから」

「うん、ありがとうエリスちゃん。うん、そうだよね。くよくよしてられないもんね!みんなの分まで私たちが・・・!」


ロジカがそう意気込むと彼女の腹が再び鳴った。

離れた場所で事の顛末を見守っていたヨナは失ったはずの過去に一度呼ばれた気がした。それと同時に勘違いも甚だしいとも思っていた。

ヨナは二人に近づいた。

すぐにロジカが気が付いて近場にあったエリスの細身で少しでも体を隠そうと努める。彼女にとってエリスはいつでも頼りになる存在だった。


「あなたは?見たことない顔!エリスちゃん!」

「これはヨナよ」

「ヨナ?」


ロジカは丸い目を更に丸くして、まじまじと見慣れない人物が纏う怪しい風味を嗅いだ。ヨナは余計な不安を煽らぬように彼等に対する普段通りの態度を瞬時に思い出してポケットの中の青い合成飼料を一つ取り出してロジカに差し出した。


「俺は食料分配局の局員だ。この合成飼料は配給品と全く同じものだ。君たちの為に用意されたものだ。君たちにはこれを受け取る権利がある」

「でも・・・これ」


ロジカは差し出された青い合成飼料をじっと見つめて生唾を飲み込んだ。それから、ヨナの顔を見上げて、エリスの様子を伺った。

エリスは今にも叫びだしそうなロジカを視線で落ち着けせてからゆっくりと頷いた。

すると次の瞬間、彼女はその外見からは想像もできないような敏捷さと正確さでヨナの手から青い合成飼料を両手で掴み取ると歓喜の表情を浮かべた。


「ありがとう!ヨナ!エリスちゃんも!みんなに分けてこないと!あなた達にも!」


ロジカは受け取った青い合成飼料を半分に割って二人へと差し出した。


「いや、俺には・・・」

「ヨナ。だめよ受け取らないと」






『じゃあヨナ!エリスちゃん!またあとでね!』




ヨナは沢山の物陰で見えなくなるまでロジカの姿を見送った。

そのわずかな間に、エリスがいつかの如くそっぽを向いていた。



「エリス。俺は・・・」


「意気地なし。それっぽっちじゃ誰も救えはしないわヨナ」


ヨナはクルードの影から見え隠れする投げ出された骨の浮き出た痩せた手や足を発見し痛く納得した。そして、エリスに対して一切反論する気が起きなかった。


「すまない、君の言う通りだ」


エリスは最も近くにいた仲間に合成飼料を差し出し、屈めた体を少し伸ばした。


「ごめんねヨナ。わたしブサイクだね」


「君は間違っていない」


「ありがとうヨナ。ありがとう」

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