第32話

人間の手足から伸びた糸をはじめて見たのはちょうど8つになった頃だ。

同い年のチャヴをはじめとしたコミュニティの多くの者たちは俺に対して常に否定的であった。


ある日、チャヴが死んだ。


隣で寝ていたチャヴは、偶然発生した崩落に巻き込まれてしまったのだ。修復とは名ばかりの置換を行う人々からもやはり同じような糸が伸びている。我々は何者かによって操られている。知らず知らずのうちに隷属されている事を俺たちは誰一人として認識出来ていない。

瓦礫の中から奴が見つかったのは崩落から3度目の消灯のすぐ後だった。

チャブは目を見開きゴミと灰と塵でまぶされ、両手の爪は全て剥がれ落ちていた。俺の期待通りに、魂の抜けたチャヴから、もう糸は伸びていなかった。死して、チャヴの魂は隷属より解放されたのだ。

こうした超自然的な彼等にとっての不幸に見舞われた時、人々は決まってすべてを地上の上流階級『ブルー』の奴らせいにして自らが今現在身を置いている社会構造的欠陥と奴らに対する劣等感を影でこっそりとすり替え物事の解決を先送りにした。


無知でいる事、正直でいる事、与えられた才能を自己評価する事は大いに結構だ。しかし、声高に変化を望みながら一行に平行線をなぞり続ける彼らには、無意識化でその行動を抑制する見えない力のようなものが働いていると言っていい。つまり、われわれが培ってきたコミュニティ。築き上げてきた道徳。親から子へと引き継がれた血の誇り。それらは、今現在の我々だからこそ共有体の中で尊い物として存在しうるものであり、逆説的に、現在の状況を打破するという事はそれら共有体の即座の解体へ繋がるとも言えてしまうのだ。彼らが無意識化で恐れているものは、手に入れた自由や安全と引き換えに自分たちだけが所有していた唯一性の喪失だ。


欠片でもこの事実に勘付いた知性ある者らは堕落し、虫以下の生活を送っている。彼らは溝にたまる糞以下の存在だが、彼らが自分たちの存在の重要性に気が付いているとしたら?多数派の為に敢えて少数派でいる事を自らの使命にしているのだとしたら?


12になった時、そんな彼等を行動させるべくこんな実験を行った。

出来るだけ同じ能力、同じ境遇の者2名を選びそれぞれに同じ仕事を与える。そして、仕事が完遂するたびに片方のみを称賛するという極めて単純なものだ。

始めの内2名は全く同じパフォーマンスを発揮していたが時間がたつにつれて称賛された側はされていない側を蔑む態度を取り始めるようになった。その態度と比例曲線を描くようにその者が挙げる成果は肥大化し、本来与えられていない分野にまで貪欲に役割を求めるようになり、明らかに元々の能力を遥かに超えた結果を提示するようになった。そして、より大勢を蔑む態度をとるようになった。他人よりも優れているという事、そして、それが評価に結び付き、何者かを蔑むというこの者がたどった一連の流れは、大本を辿ればただ一つの偶然により発生した結果である。これを踏まえてこいつらのような存在を特別と呼ぶとする。


それから、コミュニティ内で特別を求める運動が散見され始めたのは記憶に新しい。目まぐるしい発展、血で血を洗う闘争、そして、われわれはそれを乗り越えるだけの種の成熟を発揮した。


果たして、奴らにもそれが出来るのだろうか?

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