第29話
『非常時対応!!!各員!非常時対応!!』
『地下に動員されている局員たちを呼び戻せ!!!』
『熱い・・・!!どうすれば!!』
『神が舞い降りた!!ああー!!神が!!』
ヨナ。ヨナ。
酷い耳鳴りの中で、彼は自分の名を呼ぶ声を聴いた。
彼をそう呼ぶ者は一人しかいないし、彼の名を知る者も自身を除いて一人しかいなかった。
「ああ」
「ヨナ!ヨナ!ああよかった!立てる?大丈夫?」
次第に鮮明になっていく彼の視界は極めて妙なものだった。
仮に自分が随分長い間眠りについていたとして、夜が明けていたとする。もしそうな照らされるのは上側のはずだ、しかし、この時彼を照らしていたのは明らかに下側からの光源だった。
最後に見たあの星の姿も無く、覆いかぶさっていたはずの平和贈呈局員たちは狭い通路の隅の方で燃えていた。手すりの上からはブルーカラー達は勿論の事、局員たちの沢山の怒号や悲鳴も聞こえていた。突如として現れる非日常を前にしてヨナの心にひょいと現れたのは、共感、そして、喜びに近い物だった。
彼は手すりに手を着いて立ち上がろうとした。すると、手の皮の表面が急速に泡立つ感覚がした。彼は咄嗟に手を引いて、今度は足と体の重心操作だけで立ち上がり、いつものアパートから街の様子を
まだ、夜も明けていない巨大な街は、すっかり炎に包まれていて、遠くで見えているビルの隙間から真っ白な炎が時折ふき出している様子は
人々は逃げまどい、火に巻かれて、のたうち回る平和贈呈局員を数名のブルーカラー達が取り囲んで、なにが始まるかと思えば着込んだジャケットを必死に振り回して消化活動に勤めていた。
所々で吹き上がる熱の柱に立ち向かうこの街の住民たち。彼等は皆生きていた。
「ヨナ・・・怪我してない?」
「ああ、大丈夫だ。君は?」
ブルーカラーの娘はぶかぶかの上着と体との隙間を両手で潰してヨナを見た。
彼女の肌は、火で照らされてつややかで健康そのものに見える。
「大丈夫」
「そうか、行こう」
「うん」
幸いにも、ヨナの体に目に見えるような不調は無かった。
「歩けるか?」
ヨナがそう尋ねるとブルーカラーの娘は申し訳なさそうに首を横に振った。
狭い通路、平和贈呈局員だったものたちが音を立てて燃え上がる中、ヨナはもう一度ブルーカラーの娘を背中へと乗せた。
自分も、ブルーカラーの娘もぐっしょりと濡れていた。
「この人たちのおかげで私たち助かったのね?ヨナ」
「ああ」
「この人たちが壁になったのよねヨナ?」
「そうだ」
「そう、よかった」
ヨナは平和贈呈局員たちの亡骸を一つ一つ乗り越えて行った。
あたりには、形容しがたい酸味の利いた不快な熱気が立ち込めていた。
きっと、燃焼した気化レガリアが発する臭いに違いない。
背中でブルーカラーの娘が蠢いて、ヨナの耳元で囁く。
「水路が漏れたのね?だって、わたしたちこんなに濡れているもの」
「ああ、そうだ」
「そうね、きっとそうね」
そう言い残して、ブルーカラーの娘から一切の力が失せた。
ヨナは、彼女の頭が後ろにのけぞってしまわぬように背負いなおした。
ぐっしょりと濡れた互いの衣服からは、白い蒸気が音も無く昇っていた。
通路の脇を寂しげに流れる小さな液体の群れからも同じように白い蒸気が音も無く立ち上っていた。階段を伝う様に下へ下へと流れる液体の群れを追って、ヨナも下へと向う事にした。
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