第27話

人は落ちる事しかできない。


「すごかったわ今の・・・ねえヨナもう一回もう一回」


予め背負ったブルーカラーの娘は押しつぶされる痛みで一度小さくうめいたかと思えば、次の瞬間自分の背中からカタパルトのように空へと打ち出された巨体を見つけると痛みも忘れ嬉々としてそう言った。


「彼等に同じ手は通用しない」

「わたしあんなの初めて・・・さっきの人は死んじゃったの?」


ヨナは相手の気を逸らす狙いも込めて下の様子を確認した。

集まった車両からは次々と新たな平和贈呈局員たちが現場へと投入されていた。

肝心の男は、アパートの壁から随分離れた場所で上半身を起こした状態で、駆け付けた仲間達の制止を振り切り、ちょうど帽子をかぶりなおしたところであった。


「いや」

「そう、よかった」

「頭を下げていろ」

「うん。ごめんね」


ヨナの側頭部を狙った一撃が空を切ったのはそれから一瞬も経たないうちの出来事だった。

ヨナは半歩後ろに下がって、用心深く片目を失った平和贈呈局員の出方を窺った。

彼が目の前の男を投げ飛ばしている間に、目に突き立てられたパイプはすっかり新たな持ち主の所有物となっていた。2番目の男はヨナの動きを完全にトレースして巨体を這わすように見事な体捌きを披露した。


下段からの振り上げ、首を薙ぐような横振り、そして、身体を捻った叩きつけからの通路から腕ごと外に出して存分に遠心力を蓄えた横振り。


ッガアアアアアアンッ!!!!!!!!


「っ!!!」


動作は勿論の事、この巨大な男が放つ一撃の破壊力はヨナのそれを軽々と凌駕していた。事実、先ほど撃ち込まれた場所などは一部が粉々に粉砕されている。彼が万全を期したとしてもああはならないのだ。


溜まらずヨナが一歩後退すると、片目平和贈呈局員の男は口元を僅かに持ち上げた。


男は再び前方を強くけん制する動きを見せてヨナへと迫った。


その台風のような凄まじい回転から繰り出される縦横無尽の横薙ぎ、抉るようなかち上げ、強烈な振り下ろし。


ヨナはさらに半歩後ろに躱し、身体を限界まで落とし両の拳を構えた。

そして、落とした体を一気に伸ばし男の顎に蹴りを放った。


しかし、浅い。


その間も、下の階では大勢がひしめき合うような気配が絶えずしている。


男は僅かに頭部がぶれたまま平然と空調パイプを操った。そして、身長差を利用した斜め上からの回転薙ぎ2連、流れるような動作でつながる倍以上のリーチを誇る横ふり、さらには、先ほどと同じく屈んでそれを躱した者に対して、厳しい解答を突き付けるかのような突き。


鋭い突きはヨナの首元を正確に狙いすましていた。彼が初めから虎視眈々と待ち構えていたものだ。


ヨナは突きの先端を手の平でわずかに逸らして軌道を変えた。

それから、すぐに次の行動に移ろうとする空調パイプをブルーカラーの娘に着させた彼等の制服の裾できつく締め上げて固定した。

平和贈呈局員の男はすぐにパイプを引き抜こうとしたが、突きの動作によって伸びた体にそれだけの力が蓄えられているはずがない。

対するヨナは、腰を落とし必ず訪れる抵抗に備える準備が出来ていた。


締め上げたパイプから男の闘志が消え去る気配を感じ取ると、締め上げた方の手を発射台にして放たれた強烈な正拳突きが男の顎を捕え、一瞬ふらついた頭には十分に力を蓄えた空調パイプの一撃が加えられた。


随分と後ろに下がってしまった。


そんな事を考えていたヨナが次に目にしたのは、数名の人間で出来た押し寄せる壁だった。

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