第26話

「ヨナ?あの人たち死んじゃったの?」

「いや」


通路の角の隠れて下の様子を伺うとまた別の平和贈呈局員たちのチームがちょうど駆け付けたところだった。彼らの大きな体は踊り場の手すりから半分ほども上に飛び出して、その体は街の中をゆっくりと対流する発光ガスに今にも飲み込まれそうだった。

手招きしているように見えていたあれは、実際のところ毎晩誰もが寝静まるころに向こう側からこちらに向かって押し寄せてきていたのだ。


『いたぞ!上の階だ!』

『撃つな!味方だ!転落してくる3名は味方だ!』

『エクスプロイターは使うな!このエリアは気化レガリアの対流周期と重なっている!』


彼等はこの発光ガスを『気化レガリア』などと小難しく呼んだ。

ヨナにとってはどうでもいい事だ。

転がり落ちる仲間を避けながら平和贈呈局の男たちが次々と階段を駆け上がる。

狭い通路に極めて厳めしい大勢の足音と怒号が響き渡った。その多くは見えない位置から発せられていた。

音の力によって小刻みに床や壁がビリビリと振動していた。しかし、他の建物同様に正体不明の材質で建築されたこの建物はやはりびくともしなかった。


「ヨナ?大丈夫?」

「大丈夫だ」


彼らの体格ならば約一人と半身分の狭い通路。実質先頭の者以外多くがふさがれた状態の視界。発散・誘爆の影響で使用できないエクスプロイター。照明を背中に背負う事によって起こる僅かな視覚錯誤。位置関係上、全ての攻撃に重さを添加することにより発生する膨大なアドバンテージ。


彼らの戦術が誤りだったと認知されるまでのわずかな時間に限り、状況は圧倒的にヨナが有利であった。彼はそれをすべて利用した。


彼の突きは鋭いうえに照明と重なるその姿はたびたび目の前から忽然と姿を消したかのように見えた。4階の通路との合流地点では二手に分かれた平和贈呈局員たちの待ち伏せにあったが限定的とはいえ開けた空間は、武器に振り回すという一つの選択肢を与えた。


長く頑丈で重い素材で造られた空調パイプは前後左右を強烈にけん制するのにはもってこいの武器だった。


ヨナの体を這うように自在に振り回された武器は、十分な遠心力をもって平和贈呈局員たちの肉を打ちのめして骨を粉砕した。


しかし、それも彼らが2階にたどり着いた時までであった。


平和贈呈局員たちの記憶力をも逆手に取りことごとく彼らを圧倒してきたヨナであったが、度重なる思考実験とも呼べる仲間たちの奮闘は彼らを最も効率的かつ有力な対策方法に導いた。


素手での掴みかかりだ。


彼等は振り回すには狭く、突くにはあまりにも短すぎる警棒を捨てて生まれ持った巨体と両の手で次々とヨナへと迫った。

ヨナは、一番にそれを試みた者に対して額への強烈な突きで応戦した。

男の顎が一気に持ち上がり間髪入れず反対側のパイプの先端がそこに叩きこまれて、続いて、遠心力を乗せた一撃が男の大きな頭を体ごと壁に叩きつけた。

他の者同様壁に沿ってズルズルと倒れる者を乗り越え新たな平和贈呈局員の男がヨナへと迫る。


ヨナは一度引き付けたパイプを鋭く延ばしその先端は再び相手の額に向かって伸びていた。かのように見えた。

いまさっきやられた味方のてつ(前例・先例)を踏むまいと男は頑健な両手で槍の先端を先読みした。しかし。


「・・・ぐぅ・・・!」


ヨナの次なる一撃は手元の微妙な操作によって波のように蛇行して進み、目の前の男をすり抜けてそのすぐ後ろにいた者の右目を貫いていた。

この状況を知っていたヨナはすぐさま槍から両手を放して、額を防御するように持ち上げられた両手をしっかりと捕まえた。そして、そのまま男を背負うと同時に思い切り体を伸ばして持ち上げた。

すると、大男の両足がふわりと通路から浮いたかと思えばそれは手すりの上を悠々と飛び越え地上へと落ちた。


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