第24話

ヨナは平和贈呈局員から奪った坊刃ベストを2着重ねてブルーカラーの娘に着させ、傷ついた手には彼らのグローブを装着した。ヨナは、このグローブを手にした瞬間からその作りの良さに感心していた。防刃ベストもそうだが軽くしなやかな素材で造られた装備品は人体の持つ複雑な曲線にも思いのままに対応して形を変えた。それでいて、触れている点の部分の剛性は非常に高く強靭だった。


地鳴りのような足音がすぐ下の階まで迫っているのがわかった。ブルーカラーの娘はあまりの痛みと、出血の影響か蒼白になっていたがその顔からは少しも生気は失せていないように見える。


「歩けるか?」

「うん」


ぶかぶかの衣服に身を包んだブルーカラーの娘はふらふらと立ち上がり、それから一歩踏み出して死体の下半身につまずいて血だまりに飛び込んだ。その間にもアパートの狭い通路を蹴る足音は鳴り止まない。


「ヨナ。・・・おこして」

「ああ」


4階から5階へと駆け上がる足音が響く中、ヨナはブルーカラーの娘をそっと起こして背負うことにした。


「重くない?」

「君を置いていくわけにはいかない」

「無理しないでね」

「わかっている」

「あなたが敵に飛び掛かった時とても怖かったわ」

「すまない」


ブルーカラーの娘は着慣れていないサイズの大きな服の中で不器用に動いて、ヨナの体にしっかりと張り付いた。ヨナの体はやはり温かく、きゃしゃな見た目とは裏腹に肩や背中の周りがとても頑健だったのでブルーカラーの娘は内心大変に満足していた。そしてすぐに魂が羞恥に支配されてしまうと、全てを誤魔化すかのように自身との話題をすり替えた。


「旅に出るのね?ヨナ。ドン・・・ほーてみたいに」

「ドン・キホーテ・・・・。ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャだ」

「わたしはそのマンチャよ」


やはり、この娘は奇妙だ。


確かに背負っているはずのブルーカラーの娘から重さを少しも感じない。出血の影響もあるかもしれないがこのブルーカラーは軽く、加えて、意味のない間違いをわざわざ宣言する。だからと言って、この娘は決して鹿というわけではない、この時もただ一度きり、自分ですら話したことを忘れていたような事をこうして覚えているのだ。もし、彼女の言う通り彼女がドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと言うならばさしずめ自分は


「あなたは痩せ馬のロシナンテよ。ヨナ」


ブルーカラーは言葉尻を震わせながらそう言った。

ヨナは、ブーツの靴ひもを結びなおして立ち上がり部屋の中を見た。

明日の今頃にはこの部屋は街の汚れと共に跡形もなく消え去ってしまうだろう。

帰る場所の無い旅、それは、適さない者を容赦なく路辺に伏してしまうかも知れない。同じページを往復する事しか知らない者に新たな物語を見せるかも知れない。


「行こう。君を創造局へ連れていく」


ヨナは平和贈呈局員の警棒を伸ばして、膨大な数の空調パイプの内の一本と壁との隙間に差し込んで引きはがした。

そして、外されたパイプを自分の身長よりも少し長い位置で取り外して獲物とした。


「すぐわかる嘘」


ブルーカラーの娘はヨナが両手をきちんと使えるようにしっかりと背中にしがみ付いた。足音はすぐそこまで迫っていた。



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