第21話

はやる気持ちとは裏腹にヨナの足取りは重かった。その理由が彼には分らない。


この時も街はいつもと変わらない、ビルとビルの隙間から見える不気味に発光するスモッグは今日もヨナを手招きするように悶えていた。

遠くで聞こえる平和贈呈局員の笛の音、それからサイレン。

気温とは打って変わってひんやりとしたドアノブ。


ガチャ・・。


「おかえり。ヨナ」














「ただいま」


ヨナはまず初めに眼球だけを動かして部屋の変化を確かめた。天まで伸びる円柱状の柱の隣に新たに何かが書き足されている。

名誉評議で時折使われる、動きを奪うだけの重苦しい装飾品、それをこの上なく大げさにしてさらに全身をそれで包んだ恐らく人のシルエットだ。

片腕を直角に曲げた状態で拳を掲げ、こちらを見ている顔は信じられない程に生命の力に満ち溢れて、この人物からは不可能という言葉を一切感じられない。


ブルーカラーの娘は、いつものように折りたたんだ足を左右に投げ出して、足の裏とまるみを帯びた肩甲骨の先をこちらに向けて直接床に座り、自分の影の中で何かを描いていた。


ヨナは慎重に部屋の中ほどまで足を進めた。


背後の気配を感じ取ったブルーカラーの娘は、額にかいた汗を白く小さな手の甲で拭った。この気候以外、知らないはずなのにヨナはこの時も部屋が暑いと感じた。


「その絵は『鎧を纏った上昇』よ」

「人は飛べない」

「いつかきっと、飛べる日が来るわ・・・ヨナ?」


振り返ったブルーカラーの娘はどこかさっぱりとした表情をしていた。新たな創造が上手く行った時彼女は決まってそうだった。しかし、黒々とした丸い目がヨナの姿を捕えるとたちまちその表情は街の夜空のようにどんよりと不安を掻き立てるものへと変化した。


「あなた、また怪我をしたの?だいじょうぶ?」


ブルーカラーの娘は頬の傷をみると不安げにそうに言った。この表情になったブルーカラーの娘はたまに泣く。当の昔に失われた自然ののように。

ヨナはいつもそれを心からの楽しみにしていた。そしてその事は、ヨナの魂に秘めた多くの秘密の内の一つであった。


「ああ・・・大丈夫だ」

「・・・そう」


ヨナは自分がこれからどうしていいのかがわからなかった。

平和贈呈局員たちに嘘は通用しない、局員同士ならば猶更苛烈な尋問が待っている、それに、あの3人が再び気まぐれを起こす理由などどこにもないのだ。

彼等はすぐにでもここを突き止めて扉を蹴破るだろう。


「ねえヨナ?」


ブルーカラーの娘は、今度は反対側から振り向いてヨナを見た。


「なんだ」

「何も、心配はいらないよね?」

「ああ、何も心配はいらない」

「そう・・・よかった。さぁ。こっちへいらっしゃい傷の手当てをしないとね」



静寂。



そして、炸裂音。悲鳴。

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