第20話

静けさ。


しばらくの間、聞こえてくるのは磨り減ったブーツの足音のみであった。


彼の時計の針は2時を指していた。



メルロックフェイカーは9地区の外れ、がらんとした空間を縦に幾層か連ねただけの建築途中の建物の影に停車してあった。

他の建物と異なり飾り気がなく、巨体の多くが空間で占領された実用的な建物は、ヨナの精神を僅かだがなだめていた。


あの男が盗み取った赤色の配給カードを追跡する平和贈呈局員たちを追ってこの地に訪れた際はまるで気が付かなかったが暗い区画で巻き起こるささやかな旋毛風つむじかぜを目で追ってみると壁や街の一部と同化して動かないでいるブルーカラー達を見つけた。

彼等は、干からびた食材や死体や食い終えて何度も表面をしゃぶられた骨付き肉の骨よりもずっと痩せていて、街の影にぼんやりと浮かび上がるその姿は、10年も前に世界の謎を全て解き明かしてしまったかのように寒々としていてつまらない様子だった。


ヨナは、近頃すっかりポケットにストックされた状態になっている青い合成飼料をいくつか取り出して手近な建造物の上に置いた。彼等はピクリとも動かなかった。

恐らく死体なのだろう。



その少し離れた所では隣の地区から引き込んだ動力を存分に消費して一帯が昼間のように照らされていた。偶然にもこの日、この時刻に、この9地区で発生した小規模だが重要な盗難事件に対応するための仮設対策本部も設けられていた。

集まった平和贈呈局員たちは、これからめくれ上がったこの9地区の居住プレートから『クルード』への侵入を果たす準備をしているようだった。クルードはブルーカラー達が住まうこの街の地下空間だ。

今現在、彼等から自身へ向けられるべき意識、その低さ、ずさんさ、を観察すれば、夜を徹して彼らがブルーカラー達の領域にまで侵入して盗品を追跡するという事がどれほどの大事おおごとなのかは


実際、ほとんどの者はヨナの存在など眼中になかった。


メルロックフェイカーの停車位置が近づくと、持ち主の持つ識別鍵しきべつかぎと連動して暗闇の中から重厚な車体が下から浮かび上がるように姿を現した。ヨナが指先の第一関節にドアノブの冷たさを感じた時、ふと誰かに呼ばれたような感じがあり、彼はその感覚に従って、眩い光源の下で騒々しく動き回る平和贈呈局員たちの方に目をやった。


大男たちが荷物を運び、手にした青写真を仲間と覗き込みルートを再確認し、装備品の点検を行っている中で、3名の平和贈呈局員が停止したままこちらをじっと見ていたのだ。

規則的に回転する赤い光源が彼等3人を闇から暴き出して、次はいたずらにヨナの前を横切った。何度か。

ヨナも、彼等もただ動きを止めて互いに互いの姿を憐れんでいるような時間が数秒続いた。


クルードへ続くめくれあがった地面の隙間に挿入されたパワージャッキがうなりをあげて、ゆっくりとこじ開けられる隙間からは人間の悲鳴のような音がした。

その音を聞いた3名の平和贈呈局員たちが、全く同じタイミングで彼らの日常に戻ったので、ヨナも自らの車に乗り込んだ。



ブルーカラーが待つあの部屋へと戻る途中、ヨナはある出来事を目にしていた。

それは、名前も知らない中年の小男が平和贈呈局のチームに追い詰められて射殺されたところだった。

その男は運命に立ち向かう老人のように勇敢に自らの死へと立ち向かい、そして、あっけなく敗れさったのだった。


あれこそが、きっとあれこそが、自分たちに相応しい最後にちがいない。



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