第19話
ふらつきながら狭い路地を行く3人の平和贈呈局員たちはまるで壁そのものがゆっくりと遠ざかっていくような印象をヨナに与えた。
床に落ちた物も含めてエクスプロイターは全て彼らが持っている。
ヨナはこの図々しい同僚であり、殺しの容疑者でもあるこの男との話が彼等に聞こえなくなる距離までその後姿を見送った。
一人目の男の左肩が建物の角へ吸い込まれ他の者もそれに続いた。
それを見届けるとヨナはまず初めに男に忠告をしようとした。が、しかし。
「アアアアッ!!!!!!」
男は足元に転がっていた警棒を拾い上げてヨナを後ろから奇襲した。
振り向きざまに加えられた一撃はヨナの頬に命中し皮を引き裂いて鈍い音を立てた。
「・・・・ハッ・・・ハッ!!」
汗でまとめられた毛、見開かれた両目、荒い呼吸。
これらの次に決まって訪れるものを彼は知っていた。今回、それが訪れる必要が無い事も。
「もう大丈夫だ。君が盗んだ配給カードは追跡されている長く持っていない方がいい」
「大丈夫?大丈夫だと?!なにがダイジョウブだ!なんだってんだ!」
男は手にしていた警棒を思い切り投げつけた。
同時に大きな音が9地区に反響したが、ヨナの言う通り、帰ってくるのは木霊のみであった。
男はヨナの言葉に従いすぐに配給カードも捨てようとして躊躇った。
そして、このまま逃げてしまおうかとも思っていた。しかし、出来なかった。
男は不思議な感覚に捕らわれていた。
それがいったい何であるのかこの男の今までの経験では計れない奇妙な感覚だった。
その発生源である同僚の男がゆっくりと口を開く。
初めて会った時と変わらない落ち着いていて、感情がまるで感じられない口調で言う。
「俺が担当したブルーカラーだと知っていてやったのか?」
ヨナの問いを受けて、男は脳にアドレナリンが回り全身の肌がいっそう汗ばむのを感じた。
もともと死に掛けのブルーカラーの女を手にかけるのとはわけが違う、目の前の人物はつい先ほどエクスプロイターで武装した3人を文字通り圧倒した人物なのだ。
男は、奥歯の震えを押さえるだけで精いっぱいだった。
「俺はそれだけが知りたいんだ」
完全にこちらを振り向いた小男の頬からはドロドロと血が垂れて、表情はいつものように悲し気で、目元は完全に冷え切っていた。
彼は慎重に言葉を選ぶことにした。
そして、
「俺がそんなこと知るかよ」と、言った。
その言葉を聞いて、ヨナは特別な反応をしなかったように思えた。
「そうか、妙な質問をしてすまなかった」
「すまなかった?」
「君は監視局の人間なのか?」
男は思わず破顔した。
「俺が監視局なわけねえだろ。あんなもんは存在しねえ!俺たちを体よく利用するためのでっち上げだ!・・・お前はじきに死んじまうよ」
男は汗で固まった頭髪を乱して唾をまき散らしながらそう言った。
ヨナは、もうこの人物と会うことは無いであろうという根拠の無い確信のようなものが意識のどこかに在った。
「そうかもしれない。中心部までは遠い、乗っていくか?」
「いいや遠慮しておくよ」
彼は、生まれて初めて友情の香りを吸い込んだ気がしていた。
ヨナは9地区の外れに停めてあるメルロックフェイカーへと足を向けた。
もう時間はない、彼の日常と言える物は自分自身の手で叩き壊してしまったのだ。
「なあおい!」
路地を抜ける手前で背後からあの男の声がした。
ヨナが振り返り男が続ける。
「悪かったよ」
「なら初めからしない事だ」
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