第18話

9地区は見放されていた。


自らを最も尊い存在、人間の正当な血統だと主張する者らからも、局員からも、また、ブルーカラー達からも。

建物の影や、路地裏などは月の光にすら見放されかけている。


2度目になる発砲は弾ける血によって隠されなかった。

平和贈呈局員のエクスプロイターは大きく的を外れ、建物の壁に命中し未知の技術で作られた建材をどろりと融解させていた。


「おまえ・・・!」

「君に聞きたいことがある」


「こいつっ!」

「ほかにも仲間が居たのか!」


背後の二人がエクスプロイターを構える。

二つの銃口は砕けたガラス片と共に夜空から降ってきたヨナへと向けられていた。いち早く攻撃性をあらわにした二人と異なり正面の男は全く違う事を考えていた。


近すぎる。


「待て!俺に当たる!」


正面の大男が怒鳴ると2丁のエクスプロイターに戸惑いが生じた。


ヨナは暗闇に訪れたその一瞬の隙をついて、大男の側頭部に鋭く腕を伸ばした。

肩越しに伸ばされた腕は早く、初め、その行動の目的がなんであるのか彼以外わからなかった。


「ああ!!なんだっ!!これは!」

「グアアアア!!」


正面の男は、苦しそうに悲鳴を上げ出鱈目にエクスプロイターの引き金を引いた。

打ち出された銃弾は、思惑通りに街の建材を幾度か融解させた。


「ああっ!!ああ!ああ!・・・・耳だッ!!!」


暗闇から顔めがけて飛んできた仲間の耳を乱暴に地面に叩きつけると、平和贈呈局員の大男は情けなくそう喚き散らした。

どんなに屈強な人間でも何かを失うと、同時に、まるで別の生き物になったかのように弱くなることをヨナは知っていた。

失うものは何でもいい、最も手近なものは体の一部だ。自分の物であれば尚効果がある。


「武器を持っているぞ!」

「そいつから離れろ!早く!」


仲間の二人がそう叫んだが、そのせいで、平和贈呈局の男は目の前の小男よりも背後が気になって仕方が無かった。


「やめろ!撃つな!!」


平和贈呈局の男は無意識に大きくなってしまった声に苛立ちを覚えた。

二人の仲間はエクスプロイターをしまって腰の折り畳み式の警棒を構え直した。

彼等がその行動に掛けた時間だけヨナは先のステージに進んだ。

ヨナは手にした打撃によって斜めに破壊したガラスをエクスプロイターが握られている腕に突き立てて上腕部の骨に着いた肉を削り取った。


「放すんだ」


平和贈呈局の大男はあまりの痛みに酷いうめき声をあげて、少し遅れてからエクスプロイターを地面へと落下させた。ヨナはそれを蹴とばした。

腕を押さえて崩れ落ちる男の肩越しに二人の大男が見えた。

一人は警棒を振り上げてこちらに向かい、もう一人はヨナが落としたエクスプロイターの方へと向かう。

ヨナはこちらに向かって来ている方に向かって行き、相手が迎撃態勢に入ったのを見計らうと手にしていたガラス片を投げつけた。


耳、さらには生々しい仲間の血が付着した鋭いガラス片。彼等、平和贈呈局の全員が瞬間的な記憶に優れていることをヨナは知っていた。

大男は顔めがけて飛んできたガラス片を避ける為に体制を大きく崩した。

そして、しまったと口にする代わりに手にした警棒をめちゃくちゃに振り回した。

しかしそこにヨナの姿は無かった。

ヨナはいつものように天性の殺戮センスを存分に発揮して、警棒を振り回す大男を初めから無視して自分が蹴とばしたエクスプロイターへ飛びつこうとするもう一人の元へと向かっていた。


暗闇にて、男の視界は狭窄きょうさくし最も危険な物しか視界に入らなくなっていた。男の評価は一部で正しく、また、一部で過ちであった。


男の手がエクスプロイターに伸びるとほとんど同時に、彼の顎は強烈に蹴り上げられた。首が完全に反り上がり、重く大きな男の上半身が僅かに浮くほどの威力だった。

男の体は、死体や食料を詰めた袋のようにどさりと地面に落ちて動かなくなった。


そうして、ただ一人残った無傷の男が戦う姿勢を整えたころにはもう全てが終わっていたと言っても過言ではなかった。


「動くな。君を撃ちたくない。仲間を連れて。ここから去ってくれ」


平和贈呈局の男は、ヨナを鋭く睨みつけた。それは彼に出来る最大限の抵抗だった。


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