第17話

浴びた血汐は熱く、これにはもう全くの興味が湧かなかった。


茫然自失、ただその場に立ち尽くしていた男のこめかみに冷たい何かが押し当てられた。遠のいていた男の意識がほんのわずかに覚醒する。


あれは、平和贈呈局あいつらのエクスプロイターだ。ブルーカラーが何故?


・・・ジウウウ・・・・ぶぶぶッ!


「あああっ!!ああああ!!!!」


射撃後間もないエクスプロイターの銃口は男の肌を音を立てて焼いた。

冷たいなどと全くの錯覚だ。

溜まらず男は跪いて両手を頭の上でしっかりと結んで掲げた。


「助けてくれ!助けてくれ!お願いだ!!」


男にはこのエクスプロイターの持ち主の顔が、まるで死体のように熱を失ったままだったような気がした。

灰色の銃口が再び男のこめかみに押し付けられた。

引き金にはすでに指が掛けられていて、男は恐怖のあまりその指の先にあるであろう持ち主の顔を見ることが出来なかった。


「・・・あわれだな」


やがて、一度小突くように動いた銃口が離れ、それを追いかけるように他のブルーカラー達も足早にその場を立ち去った。


これらは、一瞬の出来事だった。


男の心臓は胸部を破って今にも飛び出してきそうな程に凶暴な膨張と伸縮を繰り返していた。心臓の気味の悪い鼓動と、追手の足音。男はそのどちらも都合のいい幻という事にした。


「みつけたぞ」


男の目の前に自らの死が立っていた。

それが自らの体の自由を奪うのだ。それでいて男の眼は暗闇を克明に映し出した。

彼が生き残るための最後の道しるべ、神よ。


逃げ道はどこだ!?


どこにもない。


狭い路地を汚した血の染みは早くも薄れてきて、月光が照らすそれは仄かに青色を帯びていた。

3人いる平和贈呈局の男は上着に片手を差し込みエクスプロイターを抜いた。


「あんなものを盗んだところで、明日の食料がまかなえるわけではないだろう?しかし盗みは盗みだ。仲間の場所を教えれば許してやろう」


男の勘はやはりさえ渡っていた。


自分は運悪く、ブルーカラー共の悪事にたまたま巻き込まれ、さらには、たまたま連中を手助けしてしまう形になってしまったのだ。都合の悪い偶然が重なるなど滑稽だ。


「・・・くくく」


「どうした、ほら、食糧だ。答えればやるぞ」


男は平和贈呈局の男が差し出した青い合成飼料を獣のような動きで奪い去り貪り食った。


「おい!」

「まて!大したことない・・・もっと欲しいだろういうんだ仲間たちの場所だ」


「ああ・・・ああ・・・・もっと寄越せ」


「おまえ・・・!」

「まあ待て・・・」


平和贈呈局の男が二つ目の合成飼料をポケットから取り出した時だった。


ピィー・・・・・。ピィー・・・・。


9地区のどこかから笛の音が聞こえて来た。

3人の大男は操られるように背筋を伸ばして、笛の残響が消えると全く同じタイミングで男を見おろした。

平和贈呈局の一人は取り出した合成飼料を元に戻して、その代わりにエクスプロイターを抜いた。


「終わったな」


男は構えられたエクスプロイターに向かって哀願した。


「まて!待ってくれ!おれしってるんだ!」

「いいや。それは、嘘だな。なぜかな・・?わかるんだよそういう奴がね」


しかし、その甲斐なく引き金は容赦なく引かれた。

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