第16話

時間は、明日に近づきつつあった。


人類が築き上げたこの巨大な街の、最も東に位置する場所、ここは9地区と呼ばれるほとんど見捨てられた場所だった。


「・・・まさかな。見つかりっこねぇ」


盗み、殺し、その常習犯である男は、ここ9地区に人が寄り付かない事を知っていた。この巨大な街で最も昼間の光を蓄えるこの地区は生きている物に対して等しく毒なのだ。そして、この男はそれを良い事に悪事に手を染めてはこの地に逃げ込み昼間まで身を隠し、この街の住民が活動を始めると自らもそれに加わった。


どんよりとし漂う発光ガスの中には、それこそ言葉を交わしたことは無かったが似たような境遇の顔なじみもいた。


「よっ。今日は一段と暗いな」


事実この日の9地区は消えかけの街灯一つついていなかった。

男は盗っ人らしく、悪事を働いた後は勘も冴えていて9地区にたどり着いたときの違和感に当然気が付いていたが、建物の角を何度か曲がった頃にはもうすっかりその事を忘れていた。


「・・・」


発光ガスの中で見つけた男はブルーカラーの男で年老いてなびていた。


「チ・・・無視かよ」


もし、運命的な出会いを果たしたこの人物が若い女であろうものならばすぐにでも買ってしまおうと画策していた男の気分は一層悪くなった。そして、同じくして彼を取り巻く状況も一層悪くなっていた。


「・・・どこだ。遠くへは行っていないはずだ」

「探せ」

「応援を呼ぼう」

「そうだ。そうしよう」


平和贈呈局だ。

奴らがこんなところに現れるなんて・・・。


男が建物の影に身を隠し、訪れたしじま(無音・静寂)と共に動き出した時だった。


「・・・きゃっ・・・!」

「・・・おいおい」


こんな時に間抜けな奴だ。

この間抜けが女でなければ彼はすぐにでも顔を殴りつけているところだ。


突然闇から現れぶつかってきた女は目を向いて男を見た。

そして、その背後からは数名のブルーカラー達が続いている。異様な光景に呆気に取られていた男が何かを告げるよりもずっと早く、後からやってきたブルーカラーの声が響く。


「おい、無事なんだろうな?」


低く冷徹なその声に女はひどく恐怖しているようだった。

彼女は抱えた荷物をぎゅうと締め付けて答える。


「・・・うん」


見れば他のブルーカラー達も一様に顔を青ざめて恐怖しているようだった。

よく研いだ刃の上を素足で歩くような危うい空気がその場に流れていた。


「よこせ、俺が運ぶ」

「え・・・」


素直に応じた女が荷物を差し出す、すると衣服の隙間から白い素肌が見えた。


あの女を買おう。


「まって!次はちゃんとみんなについていくから!」


次の瞬間、一部始終を見ていた男の脳裏によぎったのはこの状況下であろう事か大声を上げた愚かさに対する怒りではなく、脳のどこかに置き忘れていたという奇妙な感情だった。


「・・・おねが」


一瞬で弾けたブルーカラーの返り血を男は熱いと感じた。

そして、騒ぎを聞きつけたのか、混乱する頭が聞かせた空耳だったのか、笛の音と共に近づく幾つかの足音をどこか遠くで聞いていた。

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