第10話
傷の痛みは時間と共に和らいでいったが、仕事を終え、アパートの階段の一段目に足を乗せると同時にそれは復活し、全身に鈍痛を走らせた。
しかしながらヨナはいつもと変わらぬ様子で階段を上って行った。
ブルーカラーたちは今日も路上で堂々と薬物を取引し、児童ポルノの話題で盛り上がり、自らが足を運び発見した管理の行き届いていない物件の情報を共有し合い悪だくみをした。
ヨナが5階にたどり着いたとき、向かいの部屋から音もなく女が一人現れた。女は、頭の先からつま先まで真っ黒な小奇麗に整った身なりをしていて、偶然居合わせたヨナの姿に虚を突かれたように俯いて軽く頭を下げた。
両手で抱えた小さな箱には、金属片を連ねて作ったチャームと写真立て、そして新品の・・・。
箱を支える指先はまるで血の気が引けて震えていた。
女はヨナとすれ違うと足早に階段を下りて行った。履きなれていない靴なのだろう、不器用で不規則な足音が段々と離れていく。
静寂が訪れて、その場にはサンディ・グローリィの仄かな香りだけが寂しげに漂っていた。
「あの」
前触れも無く脳裏にちらついた名誉評議会会場の鉄仮面をつけた太った男を振り払うように、はたまた、二人に増えた所で状況は変わることは無いだろうというおごりがあったのかもしれない。
彼は女の方を振り返った。すると。
「よせ!」
ブルーカラーの女の体は軽かった。
彼女は音も無く何ら苦労することなく手すりを飛び越えてすでに向こう側にいた。
「やめろ!」
ヨナの言葉をよそに、女は口元に女神のような微笑みを讃えて地上4階の高さから落下した。
腹の傷が引きつり酷く痛んでヨナは思わずその場でうずくまった。
そして、がやがやと非日常を愉しむ悪魔のような騒ぎが聞こえてくると立ち上がり、自室へと向かった。
ありふれた、ブルーカラーの死亡事故だ。ごくありふれている。わざわざほかの連中と同じように確認する必要などないのだ。
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