第9話
こんな事を、一体いつまで続けるつもりなのだろうか?
「・・・・!」
「・・・・」
今回の名誉評議の発端は、連れている従者の女を汚俗な目で見られたと主張するある人物と、それを否定する者同士の間に発生した事案だった。
こうした、いわゆるこの街の上流階級の揉め事が当人同士のみで解決することは殆ど無い、彼等恵まれた者らの横のつながりは非常に排他的であり、また強固であった。
『・・・!!!勝負ありっ!!勝者!ノール木立ち地区!スリオ卿!』
普段は退屈に頭をふやかせ、まどろんでばかりいる彼等も、この名誉評議での決着の瞬間、ひいては、評議代理人がそれぞれの振るう殺戮の道具が互いの体に吸い込まれ、誰かがどさりと音を立てて倒れる瞬間に限っては、顔を上気させ、生き返ったかのように激しく興奮した。奇妙なことに、唯一それだけがヨナにとっての救いだった。
そして、結果だけを鑑みれば、今回もヨナは生き延びることが出来ていた。
彼の刺剣は、相手の内臓を貫通して呼吸を司る臓器を損傷させていた。
相手の殺戮の道具がヨナに致命傷を与えなかったのは今回もただの偶然だろう。
ヨナは、嵐のような喝采の中、利き手とは逆の手で倒れたままの男の体から鋭く研がれた刺剣を引き抜いて雑用係のベルベットの台座の上に置いた。
ふと、男の衣服から香ったのは煙草の香りだった。銘柄は、サンディ・グローリィ。
そのわずかな間に、評議会場をぐるりと取り巻く座席のいたるところから色鮮やかな花が次々と投げ込まれた。この世界で最も尊く、価値があるとされるものだ。
非常識に鳴り止まない騒音にまるで姿を隠すかのように、雑用係の小男がヨナの右脇腹をこっそりと盗み見て額から汗を一つかいているのが見えた。
酷く申し訳なさそうで、矮小な様子だ。
「も・・・問題は・・・あ、ありませんか?」
「ああ。問題は、ない」
ヨナの腹に食い込んだ3本の爪の内1本は衝突の衝撃で脇腹の肉を千切って外に飛び出していた。
残る2本をゆっくりと引き抜き持ち主の元へと返却すると、彼は傷口から僅かにはみ出たはらわたを押し込み、すぐにでもこの場所から立ち去りたくなって、出口へと足を向けた。
いつもよりも出口がとても遠くにあるような気がして、それはきっと、降り注ぐ鮮やかすぎる花の香りのせいだと思った。
嵐のような喝采はしばらく止むことがなかったが、ヨナが数歩進んで地面に片膝をつくと一転して、投げ込まれる花と共に少なくなっていった。
どよめき。
出口のそばにある、階段を大急ぎで降りてくる者が見える。
あの太った仮面男である。
きっとこれが良心だ。と、彼は思った。
「おい!いつまでそんな所にいるつもりだ!見苦しいぞ!」
「はい」
「・・・次は146時間後だ。わかっているな」
「はい。わかっています」
「よろしい、では正規労働に戻れ」
「はい」
彼は立ち上がり、評議会場を後にした。
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