第8話

アパートの階段を上る途中、ヨナは昨夜の出来事を思い出していた。

赤く弾ける前のブルーカラー達の必死な表情と痩せた骨。

赤く濡れた男たちの引きつったあれは《笑顔》だったのだろうか。

あの男はいったいどんな妄想をしたのだろうか。

1階から2階、2階から3階、そして、5階に上がる頃にはヨナは思い出す事をやめていた。


昨日の騒ぎの後、あの部屋は既に新たな住居者を迎えているようだった。

頑丈な鉄扉の上についている照明装置はアクティブを示す暗い緑色に点灯している。

きっとあのブルーカラーではないという奇妙な考えがヨナの中にあって、それはすぐに確信に変わった。


「・・・・!!!・・・・!!!」


ヨナが部屋に戻ると、他のどの部屋にも標準搭載されているクリーナーが作動して衣服や頭髪に滲み込んだ塵や埃を吹き飛ばしてひとつ残らず吸い込んだ。

それからヨナは、上着を壁のハンガーにかけると衣服を脱ぎ、クローゼットに入れた。

クローゼットの隙間からは昨日のブルーカラーの姿が透明な膜につつまれて酷く必死そうにしている様子が見えていたが、このクローゼットは繰り出し式で、中にしまったものを取り出す方法はこれしかない。

おおかた、食糧を探して迷い込みそのまま巻き込まれてしまったのだろう。


クローゼットに引き込まれた衣服に代わって、ブルーカラーが排出されるまでのわずかな時間ヨナはシャワーを浴びていた。


「苦しかった。死んじゃうかと思った」


身にまとう衣服に染みついていた汚れや汁がすっかり落ちたブルーカラーは、固い床に直接座るとそう言った。


「はやく部屋から出たほうがいい、昨日の事を覚えているはずだ」

「ねぇもう一度わたしを買わないの?」

ブルーカラーは音も無く衣服から抜け出すと体をスラリと伸ばしてそう言った。

高慢で、愚かな提案だ。

「ああ」

「わたしの体を忘れられないんでしょ?」

「君たちの仲間がみんなそういう様に決められているのは知っている」

「そう」

「少しだが、食糧がある。上着のポケットの中だ。それで凌ぐと良い」

「そんなの、昨日食べちゃったわ。それに、一口食べてあったの知ってるんだから」

「なにが言いたい」

「昨日の奴らにそれが知れたら、あなたどうなっちゃうのかな」

「食べかけの物を拾ったんだ」

「すぐにわかる嘘」

「証拠もない、君がすべて消し去ってしまった」

「買ってくれなければ大声を出すわ」

「それは困る。君を買おう」

「それでいいのよ」

「おやすみ」

「おやすみ」

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