第4話
2700キログラムのボディに、1200馬力のエンジン、そのパワーウエイトレシオは実に2キロ台。
この
ヨナは、この、古く、頑健な車体に搭載された既に交信する相手もいない管理コンピューターも、踏めば踏んだだけ無限に加速が伸びていくアクセルペダルも、そのどちらも、これ以上知ろうとは思えなかった。
彼は今日も301ハイウェイの大きな緩やかなカーブでビルとビルの隙間から見える街の様子を遠目でながめて、ポケットから取り出した合成飼料を一口かじった。
不気味な街は今日も所々で発光したスモッグに覆われて、その澱みがビル風によって撫でられると、ヨナはいつも決まって捻じれた煙が自らを手招きしているに見えたのだった。
普段はうなだれた薬物中毒者や、にやついた浮浪者、そして売春婦が徘徊している安アパートの内の一つ、彼等に共通する特徴は自分に対して皆無関心で、
彼等は、ヨナが彼らに向ける態度と同じ態度をヨナへと向けていた。
しかし、今日に限ってその様子は異なっていた。
「止まりなさい。身分証を確認してもいいですかな?」
厚手の坊刃ベストを内側に着込んだ平和贈呈局の大男の一人は、停車させたメルロック・フェイカーの屋根に片手を乗せて、運転席を覗き込んでそう言った。
「勿論」
大男は手慣れた様子でヨナの身分証のモザイクコードを記憶すると、携帯していた台帳と照合した。
ヨナは捨て損ねたポケットの中の合成飼料の事を気にしたが、彼が何か対策を思いつくよりもずっと早く、身分証の照合は終了したようだった。
「ふむ、お住まいはこちらで?」
彼等は既に知っている情報であっても、より鮮度の高い情報を優先する規則になっている。
ブルーカラーたちの中には一日で3度も仕事を変えるような連中も多い、このような無駄な規則が発生してしまうのは当然の帰結なのかもしれない。
だとすれば、彼等の存在はまことに消えてしまうべきだ。
「お住まいは・・・こちらで?」
「ええ、5階の一番角の部屋です」
「ふむ」
「あの、急いでいるわけでは無いんだが・・・」
「ああ失礼、ブルーマジックというものをご存じですか?」
見た目に寄らず世間話好きな平和贈呈局の一人は、仲間たちの方に気を配りながらそう言った。
「はい」
「そのコネクションがどうもこのアパートの一室にあるそうでね」
「それで?」
「そう、それでこの騒ぎというわけだ。まぁすぐ済むよ」
平和贈呈局の一人は僅かに胸を張り、胴のあたりに吊るされた高出力のエクスプロイター(小型の指向性熱エネルギー放出機・ピストル)を手の平で軽くたたいた。
「ほかには?」
「もう結構」
「では」
ブルーマジックというのは、ブルーカラーたちの中で常習化している薬物の一つだ。
そのコネクションが同じマンションに?
ともあれ、後は彼らが処理するだろう。
「ああ、待って」
メルロックフェイカーの排気塔が煙を吐くのと殆ど同時に、平和贈呈局の男がヨナを呼び止めた。
「あなた、何か後ろめたい事があるんじゃないか?」
「なぜそう思うんです?」
「いえね、わかるんですよそういうやつが。なぜかね」
ヨナは思わず、男が吊るしているエクスプロイターに目をやって。
これから聞かれてはいけない会話を開始するように、軽く座りなおした。
すると、男もヨナの方へと耳を差し出した。
「実は今日、部屋に
自身の直感が過ちで無かった喜びをほんの少し顔に浮かべて男はヨナから距離を開け、さり気なく5階の一番角の部屋を見上げた。
「そうですか、せいぜいお楽しみください」
「どうも」
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