第3話

「家にあるのは・・・・家にあるのは貰い物の古いソファに、サイズの合っていない絨毯・・・ただそれだけよ!仕事が!・・・収入がないのにどうしろというの?」


まるで自分の存在を世界から隠すように、厚手のローブを頭から深々とかぶった女は涙声になりながらそう言った。

ヨナは、名簿に目を通して、返却された配給カードを機械へ飲み込ませた。

それから、前回の配給から今までの時間を分単位で計算し規定量の配給カードを発行した。


発行された樹脂製のカードは細かい傷がびっしりと着いた黒色の物で、今現在それは灰色だった。

窓口から配給カードを差し出すとヨナは長蛇の列を形成している人々の次の先頭の者を呼んだ。


「次の方」

「・・・まって!」

「なんでしょう?」


先程の女はヨナと目前に真っ直ぐ投げ出されたままの配給カードを交互に見てから、言い及んで、そして、結局、自らの内に在る経験を頼りにし、乱れた呼吸を整えた。


「・・・せめて赤を貰えないかしら?」

「前回の配給から今までの時間ですと、それは出来ません。最低でもあと130時間経過する必要があります」

「収入が無いのよ?もちろん!・・・もちろん仕事だって!」

「収入や就労に関してのご相談でしたら統合生活管理局をお尋ねください。この窓口ではその相談には応じかねます」

「お尋ねくださいってここから正反対の場所じゃないの!・・・お願いよ」

「残念ですが」


何かのきっかけによって所々でそのような熱を帯びた抗議の声が上がったが、結局、誰しもが真っ直ぐに投げ出された配給カードを持ってその場を後にした。



途中1時間ほどの昼食を挟み、窓口のシャッターが閉じられるまで、食料配給局から人の気配が絶える事は一瞬たりともなかった。

そして、終業の鐘と共に平和贈呈局の厳めしい局員たちが次々と現れると、集まっていた人々は大人しく街の闇へと溶けていった。


本日担当したブルーカラーたちの住処、配給履歴、職種、行動記録などを打ち込んだレシートを管理機械へと通し、ヨナは帰路についた。


すると、局を出て間もない所で小さな人だかりが出来ている。


なんてことはない、あるものが配給されたばかりの食料を何者かに盗み取られたのだ。

この街ではそのような事案は常に多発していた。何ら珍しい事などではないし、持ち物を調べればすぐに犯人は特定できる出来るだろう。無論、まだこの近くにいるような鈍間な犯人ならばの話だが。


もし、犯人が捕まれば当然ただでは済まない。

彼等もその事を十分知っているはずなのに、この手の事案は一向に減ることは無い。


『見つけたぞ!こいつだ!』


平和贈呈局の一人が吊るしながら連れて来たのはある子供であった。

別の平和贈呈局の一人が手に持った木の棍棒で強かにその子供の顔を殴打すると、打ちのめされた子供の衣服からは青い合成飼料がいくつか飛び出した。

周りで見ていたブルーカラーたちが我先にとそれらを拾い上げ、同じように殴られた。


ヨナは、何も感じなかった。


彼は偶然足元に転がってきた青色の合成飼料を拾い上げると、静かにポケットへ忍ばせ、その場を後にした。


ふと、時間を確認すると、時計の短針は91時を指していた。

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