七話 3

 そして俺が、今のお前に追いついた。


 いったいなにが悪かったのか。

 巡る走馬灯の中、朦朧としたお前の意識は答えを出さない。

 お前はただじっと、答えが到来するのを、裁きが下る罪人のように待ち受けている。

 お前が何も言わないから、仕方なく俺が話を進める。


 まあ、巡り合わせはたしかに良くなかった。

 お前の嘘を見破って、なにをふざけたことしてるんだ、と叱り飛ばしてくれる誰かがいればよかった。

 もっと早く、子供の頃にでも、お前の嘘を看破して、下らないと笑い飛ばしてくれる誰かがいたら、お前もここまで嘘の山岳、その高みまで登り詰めなくて済んだかもしれない。

 しかしお前はやり遂げてしまったのだ。


 ……それなら、それで、いいじゃないか。


 お前のあり方は本当に邪悪だったし、もうすぐお前は死ぬが、ついに一度もお前の底を明かすような奴は現れなかった。

 誰もを幸せにするお前の嘘は、ついに誰にもバレることがなかった。

 それなら、それは嘘じゃなくて、本当ってことでもいいんじゃあないか。

 お前はついにやり遂げたのだ。

 お前の嘘を、空っぽのお前を、本当にしてのけたのだ。

 お前は悪くない。

 誰も悪くなかったんだ。





 なんて、そんな慰めを口にしてやるつもりは俺にはない。

 お前の嘘つきうんざり劇場に、人生一回ぶんも長々付き合わされて、散々そういった言葉を受け取るお前を見てきた俺だからこそ言える。


 お前お前お前!

 お前が全部悪いんだよ!

 普通の人間なら、お前みたいにはならなかった、お前だからこんなことになった!

 どれだけお前が取り繕ってもわかる、俺にはお前のやり口は通用しない! 俺はお前に騙されないぞ、俺だけはお前の計算も無意識も何もかも透徹して、お前の本当を見てとれる!

 いいか、言うぞ、

 何もかもみんな、お前だけが悪かったんだよ!

 お前は空っぽの嘘を渡すべきではなかった、お前はお前が信じる感情を、愛を渡すべきだった、拙くても、空っぽでも、そこに誠意を見出すべきだった!

 なァにが空っぽだ! 誰だってそうだ、お前の嘘を見抜けないようなボンクラどもに、まさか本気でお前にない何かがあると思ってたのか?

 空っぽでも、空っぽだからこそ、お前だけは自分の差し出すものを信じているべきだったんだ!

 その信頼こそが、偽物を本物に変えるんだ!

 相手の欲しいものじゃない、お前が渡したいと思う心が、それを本物にするんだよ!

 でも、お前はそうしなかった!

 そうするべきだったのに!

 それだけでよかったのに。

 おまえはそれを投げ捨てたんだ。



 お前にはもう、いつものもっともらしい反論や、小賢しいテクニックを振り翳す元気はなかったから、俺の答えを素直に受け入れる。

 そっかあ、とお前は呟いたつもりだが、それが音になることはない。


 お前が唇を歪めているのは、苦痛に喘ぐように見えるかもしれないが、俺にはそれが笑みなのだとわかる。

 誰もいない病室でお前は久し振りに、誰かに見せるためでない笑顔を浮かべる。


 それがお前の最後だった。


 お前の意識は暗闇に溶けるように、音もなく速やかにほどけていく。

 そうしてお前は死んで、お前がついた最後の嘘である俺も消える。

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最後の嘘、走馬灯、いったいなにが悪かったのか 遠野 小路 @piyorat

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