四話 2-4
見た目も良くて、場馴れしていて、歌唱力もそこそこにあるお前は、歌姫として担ぎ上げるのに十分な人材だった。
芸能事務所からのオファーを受けて、お前はまんまと芸事の世界に潜り込む。
だまくらかしのプロ共の世界なら、さすがにお前の嘘も露見するだろうと、俺はちょっとだけ期待する。
しかし、俺から見たら出来の悪い冗談みたいに、お前の嘘は受け入れられる。
というより、嘘が平然とまかり通る業界で、嘘を売る業界だからだろうか、暴かなくてもいい嘘なんかはそのまま見逃されるのだ。
お前の嘘は誰かが大きな損をするような性質のものではなかったから、その業界に歓迎されることになる。あーあ。
いや、まあわかってたよ。
お前とお前の嘘はそう簡単に倒せるようなものではなくなっていて、もはや立派な化け物に成り果てている。
けれど、お前を見る客の方は嘘まみれの世界で生きているわけではない。
お前の持ち込んだきらびやかな嘘、鮮やかなフィクションは大いにウケて、あっという間にそれなりの地位を確立したけれど、お前の邪悪さに気づいてか、単なる逆張りからか、お前に対する否定の言葉が上がることは少なくなかった。
テレビ番組なんてものは、お前とほとんど変わらない。
需要があればそれに応えようとする。
音楽番組の一幕、歌手の本音を聞き出すみたいな悪趣味をウリにしているコーナーで、私には一片の汚れさえありません、みたいなおすまし面をしているお前に、司会の男がヘラヘラ笑いで話しかける。
「あなたの歌、ねえ……完璧すぎるっていうか、作り物みたいでまるで心に響かない、みたいな意見もありますけど。背景が感じられないっていうか、具体的じゃないっていうか。ぶっちゃけそういう声を受けて、どう思ってるんですか?」
その司会は失礼だから面白い、といったような芸風の男で、そこそこ長い経歴の持ち主だったから、無礼千万な物言いが真に咎められることはない。
共演者たちの薄っぺらい制止は、お前の本音を聞き出したいという好奇心を止めるには足りなさすぎた。
あるいは、それを煽り立てるスパイスでしかない。
しかし、ぶっちゃけてしまえば、お前にとってこんなものは小学校の時代に終わらせたことのある一幕でしかなくて、特に目立った意見があるわけでもない。
お前の活動について、棘のある言葉を投げかけられることがあっても、お前自身は全くダメージを負うことがない。
偽物だとかなんだとか、言われるまでもなくその通りなのだ。
お前の歌には何の背景もない。お前の歌詞には何の具体性もない。
全く完全にその通りであることをお前は覚悟しているので、言われたところで痛くも痒くもなかった。
そこじゃないんだよ! 攻め手をずらせ!と俺は歯噛みする。
でもそんな本当のことを言っても、お前は面白くないだろう。またお前の大嘘感動劇場が始まるなと俺は身構えたのだが、
「そういうのを歌ってほしいなら、喜んで私は歌いますよ」
なんてさらっと本心を口にするもんだから、俺は結構びっくりする。
普段ヘラヘラ笑って巧みな相槌をこなすお前が唐突に曝け出したそれに、共演者たちも驚く。
けれど彼らもプロだから、そういった異物はさらっと流されて有耶無耶になる。
あ、あ、あ。
わかったぞ。
これは、あの時と同じだな?
周りがそう言うだろうということを見越して、無難におさめてくれるはずだとたかを括って、わざと本当のことを口にして見せたな?
嘘つくために、『本気の言葉』の力を悪用したんだな?
お前の企みは見事成功する。
お前の言葉そのものの意味はさて置いて、向けられた悪意にも物怖じしないで本心をそのまま口にしたという事実だけが、お茶の間のぼんやり野郎共にもなんとなく伝わって、お前は悪意にも物怖じしない、真摯で真面目な人間なのだという印象が広まっていく。
誠実な人柄を、人は応援したくなる。
善い人間が成功することを、人は望む。
世間に認められたお前は、新しい歌を次々歌い、次々ヒットする。
様々なメディアにバンバン出る。
あらゆる媒体でお前の嘘が拡散されて、お前は世に溢れたお前へのそのリアクションを、宝物を愛でるように眺めて回る。
ファンレターなんかやSNSの反応を、お前は本当に全部読み尽くしてやる、という勢いで読んでいて、それに対する感謝なんかを様々な場で具体的に話していたから、お前がファンを大事にする人なんだという噂が広まり、ますます人気を得ることになる。
悪意を跳ね除けたお前に、次に襲い来るのは好奇心だ。
この素晴らしい人は、どんな人生を送っているのだろう、という疑問。
お前のような素晴らしい人間が生まれるには、ドラマチックな何かがあったに違いないと期待されることになる。
実際のところ、そんなものは何もない。
お前は全くの虚無から、リアクションを搾取し続け、こんなになってしまっただけなのだが、そんなことは誰に言っても信じない。
何か素晴らしいエピソードが、感動的な、他人にはあり得ない物語があったに違いないと期待される。
お前にはその期待がありありと見える。
だからお前はいつものようにやる。
お前はドラマチックな偽りの初恋の思い出を語る。
架空の記憶が出るわ出るわ、お前はかつて存在しない駅で途中下車して、存在しない街の存在しないカフェに通い詰め、そこの存在しない店員に恋をして、想い叶わず泣きはらした悲恋を滑らかに話してのけた。
あんまりそれが流暢なもんだから、お前の人生をはじめから眺めてきた俺が、何か見落としてるんじゃないかと不安になるほどだった。
それは全くのデタラメだったにも関わらず、歌姫の秘められた過去として、繊細な恋愛の機微を解する人間の生まれる因縁として、いかにもあり得そうな形のエピソードだった。
もちろん、そういうのをでっち上げるのはお前の得意中の得意分野だ。
恋多き謎めいた女性、という評価は、お前の歌の価値を更に高めた。
お前は本当に、小憎たらしいほどに自分の使い方を心得ていた。
しかし同時にそれは、お前自身が恋愛をする人間だという認識を周りに植え付けることでもあった。
実際のところ、お前には人間に備わっているはずの、情だとか愛だとかそういうものが備わっていなかった。
それどころか、お前は憎しみや嫉みなどの暗い感情すら持ち合わせていなかった。
正真正銘の空っぽだったんだ。
それら全てはお前にとって遠いところにあるもので、自分の内に発生するようなものだとは思ってもみなかった。
お前はガラスの向こう側からそれを眺める観察者であり、そういった感情のきらめきを眺めて、より輝かせられるような嘘を吐き出し続けるひとつの装置のようだと自認していた。
お前に対して様々な感情を手渡そうとしてくる人間たちに、お前はいつも空っぽの嘘を渡し続けてきたが、それはお前の手元にそれしかなかったからだ。
お前はそれ以外を身につけることに興味がなく、受け取った感情を眺めて楽しみこそするものの、過ぎ去ったそれに一瞥もくれてやることはなかった。
「永遠の愛をあなたに捧げます」
その結果がこの有様だ。
最も有名で人気のある俳優の一人に、お前は愛を告白されることになる。
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