三話 2-3
中学生、高校生と歳を重ねるにつれて、お前はさらにうまく振る舞うことを体得してゆく。
お前が本能的に持ち合わせていた嘘の才能は、お前の知性の成長と共にどす黒い実を鈴なりに実らせてゆく。
嘘にも色々な種類のものがあり、言葉を弄さなくても嘘をつくことはできる。
化粧なんかはわかりやすい例だが、実際は表情の僅かな変化や目線の向け方なんかで嘘をつくことだってできる。
お前の才能は嘘全般についてずば抜けていたから、当然そういうのにも手を出す。
鋭い受け手さえいれば、お前はそれを鏡にして、自分が上手くなっていくのを確認しながら異常な速度で成長することができた。
声色だったり、視線の誘導だったり、感情の表出だったり。
そういった、本来身につけるのが難しい技術を磨くのに、お前の才能は有用すぎた。
かくして魔法めいた魅力を備えた、手のつけられない人間の出来上がり。
けれどそれらは全部嘘っぱちで、お前はお前自身がそんな人間じゃないと知っている。
お前は言語化能力はそこまで高くないから、本物と嘘で何が違うのかについて、言葉で理解していない。
お前の才能はあくまでも感覚的なもので、お前一人が了解していればすむものだから、お前には自明のその感覚を言葉にする必要がない。
ただ、お前はそれを確信しているのだ。
良心の呵責はないのか?
お前はしかし、お前の正義に従って嘘をついている。
お前は心の底から、自分の嘘が相手を満たし、幸せにしていると信じている。
お前の内心には一つも形を持ったものがないから、お前は何にでも擬態できた。
何にでもなって、全てを上手く回してみせた。
誰もが幸せになる嘘があるとして、それを吐かないことに何の意味があるだろう?
俺に言わせれば、意味はある。
お前はなんとしてもそうすべきではなかった。
お前は世間を黙らせるための答えを用意しておくのではなく、自分自身を納得させるための答えに辿り着かなければならなかった。
けれどお前には自分自身に全く興味なんてなかった。
お前が興味を持つのは水面の紋様にだけ。
お前は嘘を吐くのが常態になりすぎた。
お前の本当は嘘に塗りつぶされて誰にも見てもらえなくなった。
お前がマジで世の中に一切の感動をしないまま嘘を吐き続けているなんてことは陰口ですら言われない。
お前の存在があんまり都合が良すぎるから、お前の心の内を覗こうと思う人間はどこにもいない。
正しく、自業自得だ。
お前が手ずから捨てたのだから、誰かが拾っておいてくれるはずもない。
俺に言わせればそれは全てを失ったに等しいのだが、誰も、お前自身でさえそれを気にしない。
お前はお前の本当を投げ捨てて、それが戻ることはもう二度とないのだ。
もちろんお前は俺の意見など知るよしもないから、好き勝手にやる。
もう同級生、上級生、学校の教師なんかじゃお前の築き上げた嘘の帝国に爪痕さえも残せない。
けれど、お前はもう完全に征服し終えた周りのやつらを騙すことに飽きたりしない。
身近な人間を懇切丁寧に騙しつづけ、好意を受け取り続ける。
見ているだけの俺はもうとっくに飽きてきていて、早く終わらせてくれよみたいな感想しか出てこない。
お前の身近は高校どころか街単位に広がりつつあった。
人から大きく外れた化け物だからこそ求められる場所というものがある。
見世物小屋の檻の中。モニターの上で踊る人形の一つ。
より多くのリアクションを得られるそこ、インターネットの動画サイトは、お前にとって実に都合が良かった。
手始めにお前は歌の動画をインターネットにアップロードする。
はじめのうちこそ閲覧数は少ないものの、お前はすぐに勘所を掴む。
徐々に再生数が増えていき、雪だるま式にお前の嘘に騙される人間は増え続ける。
顔を出さずに歌だけをアップロードしていたはずのお前の動画に、なぜか見た目を罵倒するコメントが増えてきたあたりで、お前は、隠していた自分の顔を惜しげもなく曝け出す。
見目よく映るように計算されつくした/純真無垢な生の顔。
あらゆる人間がお前のしょうもない手口にコロリコロリと騙されていって、もう俺はこのあたりで頭を抱えて本気で叫びたくなる。
本当に頼む。
誰か、こいつの嘘を見抜いてくれよ!
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