1-1 十二歳、昼
「集中しろ! 集中するんだ。的と自分以外を世界から追い出せ……そうだ、魔力が集まってきているのがわかるか……よし、今だ! 一気に練り上げろ!」
ケイがわら人形に向けた手のひらからぼうっと一瞬火の粉が舞う。直後、人形は内側から爆弾が炸裂したかのように大きく裂け、広い練習場の地面に頭部が落ちた。それを見たケイは満足げに大きなため息をこぼし、荒い息を整えるようにして吐いた。
「うーん、50点」
「ええー! ちゃんと言われたようにやったぜ。ほら、アレなら
「バカ、生物は生得的魔力抵抗があるって座学で学ばなかったのか? あんなに雑な魔術じゃゴブリン級の肌を焼くにも足りない。それにお前が遠くのものを焼くときに消耗するのは無駄が多いからだ。作用点以外――今回はお前の基準点である手のひら――から魔力光が漏れるようじゃ、どれだけ力を込めても無駄だぞ」
教官から言い含められたケイは自分の手と的を交互に見ながら不満げに口を尖らせる。けれど、反論の言葉は思いつかないようで、再び自らの手のひらを貫かんとばかりに見つめだした。
「集中に移るのが早い。まったく、戦士の才能にばっかり長けてるな、ケイは」
さて、と教官――もとい、兄は振り返る。赤茶けた髪の向こうの濃い青の瞳が俺を見据えた。
「アイク、お前の方の準備はどうだ? 魔術行使から見せてくれ」
頭二つ分は違う兄は膝を折って俺に視線を合わせてくる。期待半ば、まだ早いだろうという諦観半ば。
俺はいつかその目を明かしてやりたいと思っていた。
土の上に描かれた陣に手をついて、身体のうちから出る力を流し込む。それは陣の中央に溜まって澱となり、周囲から魔力を引きずり出す呼び水となる。
人の隅々まで魔力が行き渡ったのを確認してから、仕上げの口上を本で見たとおりに真似た。
「打ち、曲がれ。折れ、折り重ねて。土は火をまとい、火により土を重ねる。打ち上がれ鋼。
夜闇の中で星が煌くように、土中に紛れた鉱物をまとめ上げ、芯と刃とする。余分な土塊は陣を食い破るように内へ内へと圧縮強化され、短い柄を作る。数瞬もしないうちに現れたのは俺の手のひらにも収まる程度の投擲用ナイフだ。
「よし、投げてみろ」
言われ、今作ったナイフを手にとって構える。狙いは先程首のとんだ人形の隣にかけられた多重円の的。
シュッという風切り音とともに手を離れたナイフはすぐに俺の操作圏を離れ、的のど真ん中……から10センチ以上は離れた地点に突き立った。あたりには魔力が解けて散らばったナイフやダーツの出来損ないが幾つも刺さっている。
「はい45点」
「ちょっと厳しくない――ですか、イッシュ兄さん」
「魔術制御だけなら70点はやってもいいんだけどなあ。その後が30点。アイク、投擲向いてないんじゃないか? それかもっと軽くて手に馴染むもん作れ。補助陣も詠唱も勉強してきたのはわかるが、色々手を出しすぎだ。他人の技を使ってる間は自分のものにはならない」
ぽん、と頭に手を載せられる。隣で集中して炎を生み出そうとしていたケイと俺をまとめて掻き抱いて、でも、と明るい声で兄は言う。
「ケイは十四。アイクは十二。自警団に入るにしてもあと2年は先の話だろ、いまのうちにこれだけできりゃふたりとも大したもんだ」
兄の腕に抱かれながらケイはしかし不満そうな表情をやめない。はぁ、と体内に残留した熱を吐き出すようにして、
「教官に言われても嬉しくねーよ! あんただろ、『最年少月獣討伐者』の記録を10年前に塗り替えたのはさ! それまであと1年ないんだぜ!?」
「俺のことは俺のこと――お前とは魔力の性質も量も違うし、何より剣なら当時の俺よりお前のほうがよっぽど上だぞ。だから――」
焦るな、と兄は言う。焦るさ、とケイは言う。
二人を見ていると健全な師弟とはこういうものかと思い知らされるようで、俺はいつもなんとなく居心地が悪くなる。兄のように強くも、兄弟子のように強くなりたいとひたむきになることもできないなら、俺は本当はここにいるべきじゃないのかもしれない。
手元で二本目のナイフを弄ぶ。放り投げ、キャッチする。きっちり柄が手元に収まるように、空中にある刀身に働きかける。こんなにもかんたんなことなのに、的を狙うとなると全然これがうまく行かない。
「アイク! ケイ! また鍛錬してたのね! 午後三つの鐘はもう鳴ったのよ!」
「げっ、スー!」
「げっとは何よ、げってのは。早く戻らないとおばさまに言いつけるわよ!」
俺たち二人への今日の講評を終えた兄が詰め所に帰っていってからも、まだ体力が有り余っているケイに付き合って居残り練習を続けていると、練習場の外からは聞き覚えのある声がかかった。直後、後ろの扉が開いて悪態と一緒にスーが入ってくる。
ケイは魔力コントロールに失敗して自分の足元に火花をちらして、あち、あちとうめきながらも彼女の方を見て、
「特訓の邪魔すんなよ! まであ教官が帰ってからそんな経ってねーだろ!」
といった。そんなケイにスーは自分の懐から手巻き式の小さな時計を彼の顔に突き出す。
「もう次の鐘まで半分も時間がないのよ!」
時計は鐘と鐘の間の時間を指し示してくれる単純な六十分計でしかないものの、ケイを驚かせるには十分だったようで、彼は跳ね上がって靴と尻についた土を落とし始めた。
「ほら、アイクも。そろそろお祈りの時間でしょ、広場までは一緒に帰りましょ」
自作のナイフの刃を磨いていた俺にも、その言葉とともに手を伸ばしてくる。彼女の手も汚れてしまうからとそれを丁寧に断って、腰のベルトの鞘に俺はナイフをしまった。
水場を借りた後、三人で訓練場を離れ、村の中心まで戻る。道すがら、二人はまた些細なことでケンカばかりしていて、仲のいい様子に苦笑がこぼれる。それを見咎められて――明日の体術訓練のときは覚えておけよ、とかケイには釘を差され、スーはスーで夕飯にはおくれないでねと小言を言い、俺達は笑いながら村の広場で別れた。
ケイ、スー、それと俺は幼馴染だった。ケイだけ少し年長の十四歳。スーと俺は今年で十二。小さな領内での珍しい同世代であり、俺達は身分の別なく兄弟同然に育てられた。村の警備隊長の息子であるケイはもう夕刻前の見回りについて外に出る時間だ。スーは侍従たちに混ざって屋敷で夕飯の支度。
そして俺は――
祠は切り立った岩山に穴を掘ったような見た目の建物で、村の外れにあるとあっては一見して鉱山の入り口にさえ見える。内部は風のない日でもゆっくりと砂埃が舞っていて、入り込んだものに気安くまとわりついてくる。
日はまだ高いのに夜のように暗く、蝋燭の明かりが細い道行きをうっすらと照らしていた。昔は怖かったその道をなれた足取りで俺は歩く。
まるで侵入者を阻むようにうねる道を暫く歩くと、分厚い両開き扉の向こうに急に天井の高い空間が現れる。何メートルあるのかわからない、中空の大広間には、俺を除いて今は誰もいない。通路を出てすぐ、一段上がった土の床にはむしろが敷かれており、その奥には書き物机が一つ。俺は履物を脱いで、その前に座り込む。
目を上げると神体が見える。机の上に懐から取り出した文を載せて、準備は終わり。日に一度それを奏上し、この地を守る神のその御神体に祈りを捧げること――それが俺の、この領の統治者の息子である俺の仕事だった。
だが。
俺ははじめてここに入り込んだ七年前からずっと疑問に思っている。毎日毎日祈りと時間を捧げて、日々その加護を一身に受けながら育って、それでもなお疑問に思う。
あるいは、何百年も前からこの御神体がひとりでにこの領に結界を張って守護していることから、こう聞くべきかもしれない。
見上げる俺の目の前には御神体が座している。御神体という名の、岩でできた巨大なロボットが座している。
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