夜明けの色をと問うならば

佐々川よむ

第一章 ナイトフォール

0-0 序章、あるいは夜の夢

 君はこの会話を忘れる。

 君はボクのことを忘れる。

 君は決定的な瞬間に立ち会えない。君を取り巻く環境は君の意志とは全く異なるところで変質してしまって、二度とは戻らない。


 でも大丈夫。


 君にはボクがついている。


 だけど、もしも思い出したなら――ボクのことを思い出したなら、そのときは――



 熱にうなされ目が覚める。寝間着から伸びる手は記憶の中にあるものよりずっと短くて、小さな手のひらに汗が滲んでいる。


 時折同じ夢を見た。顔のない女の子に手を握られる夢。郷愁を感じるその香りが離れていく夢。何を忘れてしまったのかさえ思い出せない、けれど忘れてしまったものがあったことだけを伝える夢。


 冷えた夜気が毛布から出た手足をじっとりと冷やしていく。もう一度眠りにつこうと引き上げたそれで顔の上までを覆った。


 独りの寝台はこの身体には広く、寒気が心にまで染み付くようだった。常ならば。

 けれど、彼女の夢を見た日ばかりは、なぜだかむしろ安らかに眠れるのだった。


 窓から覗く薄明かりが部屋を埋め、忍び笑いのような静けさが耳を撫でる。そうするうちに、いつの間にか寝入ってしまう。


 今夜もそうだった。


 夜は未だ明けない。

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