14:外

「人間がいないと、僕らが死ぬ、ということ?」

 アルガンが、恐る恐る尋ねる。

「人間がいないこと自体が問題ではありません。この施設全体の耐用年数が大幅に超過しているため、故障があればすぐにでも修理・交換する必要があります」

 ダンジョンから帰ってきたところで面倒な話が持ち上がり、やれやれといった表情でガストが声を掛けた。

「死ぬってのはまた、物騒だな。危険な話なら部隊をまた編成する必要があるが、何人ぐらい必要だ?」

「いえ、調査は危険ではありません。一名か二名が付いてきてくれれば大丈夫です」

「それなら僕が」

 アルガンはさっと手を挙げた。村の危機が気になるのはもちろんだし、このまま急ぎの用として出ていくならカッシュの両親に顔を合わせるのを少しでも先に延ばせる。

「初めてのダンジョンから出てきたところなのに元気だな。若いってのは凄いもんだ。では、このまま頼まれてくれるか?」

 僕もそんな元気なわけじゃないですが。そう思いはしたものの、敢えて否定することもなかった。

「はい。分かりました」

 村長の言葉で、そのまま出ていくことがきまった。


「では、付いてきてください」

 アボ2は足を出すとするすると村長の家を出て、ダンジョンと逆のほうに向かった。

「あれ?ラボに行くんじゃないの?」

 アルガンが声を掛けると、アボ2は歩みを緩めることなく答えた。

「いえ、制御室は外部とのゲートの隣にあります」

 ゲート!開かないと言われていて、実際に百年近く訪れるものがいない扉。その隣。となればあるいは村の外を見て、ちょっと出ることもあるかもしれない。良く分からない村の危機より、扉の外という言葉にアルガンの心は少し沸き立った。


 村の扉はラボを中心に両端にあるが、その一方の前にアルガンとアボが立っていた。

 扉は見上げるほどに高く、ラボの建物の高さほどもある。扉と、それを支える構造は全体がつるんとした銀色の金属でできていて、目に入る限り目立った凹凸は無い。そんなものを作る技術は村にはないし、その材質だって金属という以上は正直なところ何も分かっていない。

 アボ2は迷いなく扉の脇によると、その柱の横の壁に触れた。柱や、その周囲を囲む壁にはダンジョンの中のように複雑な模様があるが、その一部に触れるとぱかんと金属が開いた。そこをさらに操作すると、今度は人が通れる大きさの大きな空間がその横に開いた。

「さあ、向かいましょう」

 アボ2がすすっと中に入っていく。今更いちいち穴が開くことに驚きはなかったし、今回こそは村の誰も知らない所に入っていくという興奮が大きかった。

 アルガンには穴が開いたように感じるが、これは扉だというのは分かってきた。閉じた時があまりに平らだから、穴が開いたように感じるのだ。中は暗闇だった。恐る恐る一歩を踏み出した瞬間、中が急に明るくなり視界が白に染まる。

「うわ!」

 驚いて体をすくめるが、周囲が明るくなっただけだと分かるとゆっくりと膝を伸ばし、周囲を見渡した。あたりは狭い部屋で、壁や床の材質はダンジョンと同じだった。左に視線をやるとまたステップの大きな階段があり、すでにアボは手すりに器用に捕まるとするすると階段を上っていた。慌ててアルガンも後を追いかける。

 階段を上がると通路を歩き、右へ折れ、左へ折れしばらく歩いたのちに、アボ2はまた壁に寄ると扉を開け、中に入っていた。


 その大きな部屋はまたアルガンが入ると明るくなった。今度は驚くことなく、明るさに慣れてから周りを見渡すと、まず大きな机が目に入った。机と言えば普通は部屋の真ん中に置かれるものだが、その大きな机は壁にくっついた形になっている。そのため椅子も壁際には置かれず、部屋の中央側に片面にだけ五つが並んでいた。近づいてみると、椅子の座面は高く、飛び上がらないと乗れないほどだと分かった。階段もそうだが、どうもこの建物はアルガンたちより大きなサイズで作られているようだ。

 アボ2はその机に向かっていた。机の上はきらびやかに光が踊っている。

「どうしたの?アボ2」

 じっと動かないアボ2を見て、心配になりアルガンは声を掛けた。

「やはりいくつかの故障が発見されましたので、対応可能なものは修理を指示しました。ただ、在庫が無い部品もあるため、それらについては近くから調達する必要があります」

「ここにいるだけでそんなことが分かるの?」

 じっとしていたのは、机で何か作業をしていたらしい。

「はい。ここは中央制御室です。このパネルから設備全体の動作状況を確認したり、制御できます。例えば…」

 とアボ2は細い指を突き出し、青い枠を差した。

「例えばここ。アルガン、数字は分かりますか?」

「数を数える数字?そのぐらい分かるよ」

 アルガンはあまりに当たり前なことを聞かれ、憮然として答えた。

「ここにある記号が数字です。これを見ると、空気や水の状態を数字で確認できます。例えばこれは大気圧ですが、0.998atmと書かれていますが、これは読めますか?」

「読む?ごめん、分からない」 

 アボ2は何かを必死に説明してくれようとしているが、残念ながらアルガンにはちんぷんかんぷんだった。

「分かりました。文字についてはあとで教えることにしましょう。簡単に言うと、空気が次第に悪くなっている最中だということです。町の外に出て、交換のための部品を取りに行く必要があります」

「空気が悪い、ってどういうこと?」

「そうですね。アルガンは水に顔を付けるときは、息を止めますよね?」

「そうだね」

「放っておくと、村中がその『水の中』のような状態になるということです」

「え、それだと死んじゃうじゃないか」

「そうです。そのために、修理が必要になります」

「そりゃ大変だ。で、どこに取りに行くの?」

 そう言いながら、アルガンはいよいよ町の外に出ることに期待していた。

「ここからだとちょっと見えませんが、あの道をまっすぐです」

 といってアボ2は今度は壁を指した。壁は下が灰色、上が黒に塗り分けられている。

「壁を指さされても分からないよ。外を見に行こうよ」

 アルガンが部屋から出ようとすると、アボ2に呼び止められた。

「いえ、今壁に映っているのが、外の様子です」

 え?

 改めて壁をよく見ると、それは黒と灰色に塗り分けられているのではなく、細かく模様があった。壁一面が窓になっている、ということのようだ。

 上の黒には小さな白い点がある。あれが星だろう。青みががったアルガンの知っている空ではなく、塗りつぶしたように真っ暗だ。今は昼間なのに?

 下半分を占める灰色には黒い点々がまばらに散らされており、どうやら表面の凹凸の影が見えているらしい。その右下から中央に向かい、色の薄い線が走っていて、これがアボ2のいう「道」のようだ。単に塗りつぶされた壁でないことは分かったが、これが外の様子だと言われてもにわかには信じられないし、理解できない。

「これが外の様子?今は昼なのに、なんで真っ暗なの?」

 アボ2の答えは、アルガンにとってはすべてが暗号のようだった。そしてここから、このアボ2の答えの言葉の意味や、設備の使い方を勉強するのにアルガンたちはまる三年を充てることになるのを、この時点ではまだ知る由もなかった。

「空気が無いので、空は真っ黒に見えます。ここは月面の隔離実験コロニー。あなたたちはこの九十五年、ずっと月面クレーターのコロニーの中で生活してきたのです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る