13:ラボ
ダンジョンから部隊が戻ると、葬儀が始まる。
誰も死なずにダンジョンから出て来るのはごくごく稀だ。なのでダンジョンからの帰りが知らされると、速やかに葬儀が行われるよう準備がされている。
「では、お先に失礼します」
見張りにガスト隊長が報告をしている脇で、ルベイ分隊長は軽く頭を下げると、俯いてそそくさと家路に向かった。死者に近しいものは、それを関係者に伝え、葬儀の準備を始めるために早く解散する。ダンジョンは攻略して当たり前で褒められることは無く、その死を悼むことが必然的に多いため、村にとっては一番大きなイベントでありながら、決して楽しいものではなかった。前夜祭こそ盛り上がるものの、最低限の労いはあり、生きててよかったと言われることはあっても、祝いの席が大きく設けられるような種類のものではない。それが村にとってのダンジョンだった。
ルベイ分隊長に至っては夫を亡くした張本人だ。言葉少なに家路に向かう姿に、いつもは二人で帰る姿を知っている村の皆は、それと察して道を譲っていた。
「さて、まずはお疲れさまだ」
簡単に報告を終え、振り返るとまだ残っている面々にガスト隊長は声を掛けた。
「各自家に帰っていいぞ。すまんがハーカーとアルガンは一緒に来てくれるか」
その言葉で所在なく佇んでいた連中もだらだらと家路につき始める。
「呼ばれちゃったね。どうするの?」
ハイムがアルガンに声を掛ける。
「どうもこうも、付いていくしかないよ。ハイム、うちの親にも遅くなるって言っておいてよ」
「う、うん。分かった。先、帰るね」
不安そうに答えると、何度かこちらを気にしながらハイムは帰っていった。初めてダンジョンに潜ったアルガンが隊長にわざわざ呼び止められたのは意外だったが、アルガン自身としてはありがたかった。このまま家に帰れば、それはつまりカッシュの死を彼の両親に告げる役目も負うことになる。隊長の名前を傘に、そのつらい役目をハイムに押し付けてでも、今はその現実から少しでも目を反らしたかった。
「すまんな」
呼ばれて前に出ると、隊長は二人に声を掛けた。
「これから村長の所に報告に行くんだが、人間が出てきたこととアボの事は、二人に話をしてもらうこともあるかと思ってな。少し時間をもらうぞ」
それだけ言うと村長は踵を返して村長の家に向かった。特に断る用事もない。二人は目を合わせると、隊長の後を追った。
「私はアシスタントロボットです。アボ、とお呼びください。分からないことがあれば何でもご質問ください」
村長の家に報告に上がったガスト隊長が報告の中でアボを取り出すと、村長を前にアボは最初にダンジョンの中で見つけた時と一字一句変わらぬ挨拶をした。
村長の家にいたのは村長と奥さんのリスターだけだった。ダンジョンから出て来る時間が分からないため、当日の報告では家に村長夫婦しかいないのはいつものことだ。村の顔役を集めた正式な報告は、よほどのことが無ければ別の日に行う。
「なんと。アボは、本当に知恵を与えてくれていたのか」
最初に村長の口から出たのはそんな驚きだった。なんだよ、村長も信じてなかったのかよ、という声をアルガンが飲み込んだところでハーカーがいつもの調子で素っ頓狂な声を上げた。
「なんだ。村長も信じてなかったんじゃないすか」
おいおい、言っちゃうのかそれを。ガスト隊長もどう反応して良いか分からず、苦虫を嚙みつぶしたような顔で視線をそらせている。
「あっはっは!勘弁してやっておくれよ!あたしらだって、アボが実際に喋ってるところなんて見たことなかったんだから」
微妙な空気を破ったのは村長の奥さんのリスターだった。前夜祭ではいつも料理を作る傍ら、そのよく通る声で笑いながら子供の相手もやってくれている、「村のお母さん」だ。アルガンも小さいときには何度も遊んでもらったことがある。
「へー!でも凄いね。なんでも知ってるんだって?あ、これ飲み物ね」
飲み物と軽いつまみを持ってきたまま、リスターもするりと会話の輪に加わってくる。入れ替わるようにそそくさと村長が奥へと下がった。
「ええ。ダンジョンには獣が生まれて来る容器があるんですが、それを神の怒りを買わずに止められると教えてもらいました。これからはもう、獣は増えないそうです」
「ええ!そりゃ凄いことじゃないの。じゃ、もうダンジョンは安全ってことかい?」
「いやいや、これからは生まれてこないってだけで、まだ残ってる分は討伐隊を足す必要があるがな。その相談もせにゃいかん」
ガスト隊長が訂正を入れる。
「これがうちにあるアボなんだが」
話に割り込むように、村長がアボを持ち出してきた。村の皆が前夜祭で見慣れている、足も手も出ていない円柱状の、喋らないほうのアボだ。並べてみれば同じ材質だが、表面の白さは村長の家にあるものの方が少しくすんで見える。またよく見ると、村長の家にあったものにはいくつか凹みがあった。長年村長の家から前夜祭への往復で傷ついたのだろう。
「やっぱり本当に同じなのね~」
リスターが並んだアボを見比べて、感心したような声を上げる。
「もう死んでいるが、これがずっと村にあったアボだ」
村長がアボに話しかけると、ダンジョンから持ちかえった方のアボは指を伸ばし、動かない方のアボの後ろに指を差した。そこに隙間があるのか、指が吸い込まれるように円柱に入っていく。
「あら。アボも、悲しんでるのかねぇ」
リスターがしんみりと言うと、アボが即座に否定した。
「このアボ…区別のためにこちらをアボ1、私をアボ2とします…は死んではいません。エネルギーが足りていない状態のようです」
「え、エネルギー?って何?」
とハーカーが即座に訊く。
「人間で言うと空腹ということです。先ほどの建物の中のキュウデン設備に接続すれば、再稼働は可能と思われます」
「つまり腹が減って動けないだけってこと?でもそれじゃ今頃餓死してるんじゃないの?」
「記録が確認できました。稼働を停止して九十二年となっています。建物を出たのはその七百八十三日前。通常の稼働時間より相当長くなっていますが、稼働時間を長くするため、体を動かさず音声だけでやり取りをしていたようです。アボは餓死することはありませんので、エネルギーを補充すれば再稼働は可能です」
「なるほど、腹が減っていたから、動かないで色々教えてくれていたのか。だから村の言い伝えでは、アボは知恵を与えるものとされていたんだな」
村長が感心して聞き入っていた。
「やっぱりこのアボ…アボ1もダンジョンに元々いたということだな。しかし誰が持ち出したんだ?」
「いいでしょうか。僕たちの先祖もダンジョンで生まれて、アボ1に言葉を教えてもらって、最後は一緒にダンジョンから出てきた。そうしてこの村を作った。今回ダンジョンで見てきたことと、今のアボ2の話をまとめると、そういうことじゃないでしょうか」
今まで黙っていたアルガンが、話に割り込んで自説を展開した。
「祖先がダンジョンで生まれた?何を言ってるんだ?」
突然のアルガンの言葉に、村長が困惑した顔になる。しかしガストはじめ、ダンジョンで実際に人間が生まれるところを見てきた面々は、その推論があながち無茶な話ではないことを知っていた。
「実はな、村長。今回、ダンジョンの中で人間が生まれていたんだ。しかも大量に。奴ら、言葉も話せなければ、手を貸そうとしたバックランドの首を掻っ切って殺しやがった」
バックランドが、という所で堪えきれず悔しさを滲ませ、ガスト隊長は村長に告げた。
「バックランドが…」
部隊の中でも精鋭の分隊長が死んだのは報告を受けていたが、人間に殺されたというのは流石に村長にとっても驚きを隠せない報告だった。
「そうか。しかしそれならアルガンの話はどうなんだ?アボ、どう思う?」
村長はアボ2に質問する。アボ2は抑揚を加えることなく結論を下した。
「仮説の通りです。このアボ1は九十五年前、あの地下で生まれたヒトと共に建物の外に出ました。言葉や農業など生活に必要な知識を教えて停止したものと思われます」
「なんてことだ。我々は、この村は生まれて百年も経っていないのか…」
村長が絶句する。村の伝承には日付は無いが、それでもこの村ができて百年も経ってないとは思っていなかった。
「じゃ、あのラボやダンジョンの建物は誰が作ったの?村の外に出る扉も、村の人が作ったんじゃないと思うけど…」
あまりの急な話に戸惑いながら、リスターが恐る恐る呟く。
「ラボは人間によって作られました」
アボは口調を変えることなく、淡々と答える。アルガンは臆さず質問を重ねる。
「人間…?僕たちの事を『ヒト』って言ったけど、人間とヒトは違うってこと?」
「はい。あなたたちは人間を模して作った『ヒト科』の生物です。形状は模していますが、身体能力を強化するなどの実験的特性が付与されています。あの建物はそうした生物を実験的に生み出す隔離実験棟、『
その場の全員が顔を見合わせた。ダンジョンの獣たちの爪・角・毒・電撃、エトセトラ、エトセトラ。それがなぜあるのか。そしてそれが我々の祖先にもあったということは、例えばガスト隊長の特殊な能力にも繋がっているのだろう。
「じゃ、その『人間』は今はどこにいるの?」
アルガンの質問に、これまですべての事をすらすらと答えていたアボが初めて違う反応を見せた。
「不明です」
「村の中にも『人間』が混じっていることはない?」
「ありません。データでは、ヒトが出た以降で『人間』が観測された記録はありませんでした」
「へぇ、その『人間』ってのは、どこ行っちまったんだろうね。まぁ、いないならいないで生活できてるんだから、別に構わないけどさ」
よいしょ、と立ち上がりながらリスターの呟きにアボ2が返事した。
「人間が九十五年いない場合、ここに住む全員の生命に危険があります」
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