12:アボ
え、とキョトンとしたカトを置き去りに、歴戦の第一分隊が命令を待たずに隊列を組んで、開いた穴を警戒して盾を展開する。開いた先はこちらも薄暗い空間だった。
ガスト隊長はじっと部屋を睨んだあと、ふうと一息ついて額を拭った。
「大丈夫だ。生き物はいないようだ」
盾を構えた第一分隊がほっと息をつくが、念のため警戒せずに穴に向かった。カトの脇に来たルベイ分隊長がガツンと拳をお見舞いする。
「バカ者。中に象がもう一匹いたらどうする?お前のせいで部隊が全滅したかもしれんのだぞ!」
さっきは穴から飛び出した人間のおかげで象の狙いがそれて助かったが、次に獣が射たら狙われたのは我々だ。カトは自分のしたことの重大さにようやく気が付き、顔を青くして思わず身を引いた。
「まぁ、同じ新人のアルガンがこれだけ注目されて、自分も何とかしたい気持ちは分かる。でも、焦るな。今は一歩一歩でいい。生きているのが一番だ」
頭をくしゃくしゃと撫でられながら、カトはルベイ分隊長の言葉を聞いていた。生きているだけで一番だ。自分の最愛の人を、まさにその穴から出た人間によって失った人からのその一言は重かった。ルベイ分隊長が頭を撫でながら自分の涙を見られないようにしていることにカトは気づいていたが、気づかないふりをして素直に俯いていた。
その空間は倉庫のようだった。見たことのない素材の棚だが、作り自体はそれほど変わらない。何列にも並ぶ棚の間を歩き回っても、小さなものも大きなものも、その用途どころか素材すら分からない物ばかりだった。しかしその中でひとつ、見たことのある物を見つけたものがいた。
「た、隊長…」
ハーカーが緊張した面持ちで声を掛けてきた。いつも軽い調子の彼にしては珍しい、改まった雰囲気だ。
「どうした?何か見つけたのか?」
「あ…」
「あ?」
「アボを」
アボ。アボは人が神から知恵を授かったものとして、村長の家に置かれている人と同じぐらいの高さの、一抱えよりは小さいぐらいの円柱型のものだ。神殿でしか見かけないつるりとした素材でできていて、だからこそ今では本当に知恵を与えてくれた証拠がなくとも唯一無二のものとして祭られていた。いや、唯一無二のはずだった。それがダンジョンの中にある。どういうことだ。
「どこだ!」
駆け付けた先にあったのは、確かに村長の家にあり、いつものダンジョンに入る前日には宴の場に持ち出される、あのアボだった。村長の家にもよく行くことがあるガストは何度も見て知っている。あの白く光沢のある、つるりとした表面は他で見ることは無く、間違えようがない。
「これは、どうしましょうか」
ハーカーが情けない顔でガストを見上げる。これにはガストも判断しかねた。彼の役割は獣の討伐であって、神事ではない。力を奮うことは得意だが、こういったややこしい話を考えるのは苦手だ。
「まあでも、持って帰るしかいだろうな」
大事なものだが仕方ない。まだ帰りの行軍もある中で荷物が増えるのは困るが、無視していくわけにもいかなかった。しかしガストが持ちあげようと手を掛けたところで、それが突然、光り輝いた。
「な、なんだ?」
慌てて距離を取り剣を手に取ると、周りには騒ぎを聞きつけた面々が集まり、囲み始めた。皆それがアボだと気づき、警戒して良いのか戸惑っているのが分かる。
そうしている間にもその円柱の先端が光り輝き、数秒の沈黙を置いたあと、それは突然、我々と同じ言葉で話し始めた。
「アシスタントロボット C-1025、A-Bot、起動しました」
これには周りの誰もがポカン、とするしかなかった。
「な、なんだ?これは」
ガストが思わずつぶやいた言葉に、アボが答える。
「私はアシスタントロボットです。アボ、とお呼びください。分からないことがあれば何でもご質問ください」
アボ。確かにそう名乗った。本当にこれがアボなのだ。しかも本来の。村長の家ではお飾りになっているが、これが「知恵を与えるもの」とされている、アボの姿のようだ。なるほど、聞けば答えてくれる形で、知恵を受けることができるのか。
「本当に、何でも分かるのか?」
ガストが扱いに困ったようにハーカーに目線を向けた。なんでも、と言われると逆に思いつかないものだ。何か聞いてみろ、と目が訴えている。
「あそこで次にどんな獣が生まれるかとか、分かったりするんですかね」
ハーカーもどうして良いか分からない。とりあえず間を繋ぐように、外の容器を指した。そこには透明な容器に、桃色ががった幼児のような肉塊が浮かんでいた。その言葉を質問と取り、アボはポン、と音を立てて話し出した。
「地下二階第一槽では、現在カバを育成中。二十七日後に体長二・五メートルで外に出る予定です」
その答えにガストとハーカーがポカンと口を開けて目を合わす。今までは出たとこ勝負だったダンジョンの獣が、これで予測して、対策したうえで攻略できることになる。まさに知恵を与えるものだった。
「凄いぞ、これは!しかしカバか。また厄介だな。分かるのは嬉しいが、もちろん生まれないのが一番だがな」
カバもサイと並び、その巨大さで過去にも重大な被害を出している。厄介なものが続くな。ガストは早くも次の討伐方法に頭を巡らせ始めていた。しかしその呟きを質問と取ったアボの発言に、そんな思いはるか彼方に吹き飛んだ。
「育成を中断する場合は、本体横から操作してください」
中断?
ガストとハーカーはもう一度視線を合わせた。中断、というのはどういうことだ?
「アボ、あの獣が、カバが生まれないようにできるの?神の怒りを買ったりしない?」
ハーカーがまさか、と思いつつもう一度聞き直した。
「はい。『カミノイカリ』が判別不能ですが、育成を止めることは可能です。操作方法が分からない場合は、直接操作をお教えします」
するとアボから音もなく足が突き出ると滑るように肉塊の浮かぶ透明容器の横に進んでいった。自分で動けることに驚いてその姿をぼうっと眺めていたが、先導していることに気が付くとハーカーも慌てて後を追った。
アボが示したその容器の横、複雑な形状をした金属やらいろいろな素材の箱には、四角やら丸やら、様々な色と形が並び、消え、繰り返していた。なるほど、これをさっきと同じように押すのか。しかしその複雑さは段違いだ。
「まず、『セット』と書かれたボタンを押してください」
アボが指示を出してくれるが、しかしハーカーには何を言っているか理解できなかった。
「セット?ボタン?何を言ってるんだ?」
ハーカーが指示を理解できないようだと判断すると、アボの上部がまた音もなく開き、今度はそこから細い指のようなものが出て、黄色く囲われた四角を指さした。
「これを押せってこと?」
「はい」
おそるおそる指示された部分を押すと模様が目まぐるしく変わる。しかし神の怒りを買ってはいないようだ。周囲には何の変化もない。アボの指が動き、別の丸を指す。慌ててそれを追って示された場所を押す。次はこれ、次はこれと、何もわからないまま言われるがまま押していくと、大きく赤い四角が浮かび上がった。アボに示されたその赤い模様を押すと、光が消え、今まで触っていた部分が暗くなった。
「これで停止しました」
アボが作業の終了を告げた。
ハーカーが触っていた部分、そしてその周囲の金属からのぶぅん、ごぅんと低い唸りを上げていたのが静かになり、光っていたところが無くなり、暗くなる。言われなければ分からないぐらいの違いだが、これでもう、あの恐ろしい獣は出なくなるらしい。
「これだけ?」
なんとも、あっけなかった。今まで何十人、何百人を飲み込んできた恐ろしい獣たちが、これで出なくなる。
「これで、もう獣は全部出てこないということ?」
「はい、このバイヨーソーからは出てきません」
この?
「えっと、つまり、他の場所からは出て来る、ということかな?」
ハーカーの問いに、アボはまた抑揚なく答えた。
「地下一階には十基、地下二階には五基のバイヨーソーがあります。育成を止める場合は、それぞれに操作を行う必要があります」
言われてみれば確かにそれぐらいの容器があった。それぞれに同じ操作をすればダンジョンから獣が生まれるのを終わらせることができる!
「隊長!」
ハーカーは後ろで遠巻きに眺めていたガストたちに声を掛けた。
ハーカーの報告は隊員だけでなく、村全体と、その将来にとっての朗報だった。
村で唯一かつ一番の問題であるダンジョンの脅威を、これで終わらせることができる。複雑な操作はいちいちアボが付きっきりでないとできないが、一つ、また一つと光る四角や丸を押し、動きを止めていく。唯一、あの人間のいた臭い空間に入るのは誰にするかでひと悶着あったが、それだって今までとは打って変わって、押し付けあいも楽しめるだけの余裕が隊員の間に漂っていた。
地下二階に別れを告げ地下一階に上がると、部隊の到着に気づいて、あの人間たちが慌てて階段から逃げていくのが見えた。
「あ!奴ら逃げて行きました」
急いでガスト隊長と第一分隊が階段下まで進み、上を状態を探る。しかし階段を登りきることなく、広間の様子を覗くと階段を降りて首を横に振った。
「ダメだ。狼にやられていた。しかし一匹は倒したみたいだな」
階段上は狼の巣窟である広間に繋がっている。武器も防具もない、裸の人間が三人ばかりでは切り抜けるのは難しいだろう。
「とりあえず地下一階でも作業を進めよう。狼の相手はその後だ」
このあと階段を上って狼を相手にする緊張を思い出して、部隊は階段の下に防御陣営を組んで作業の完了を待った。ハーカーを中心に、アルガンら第三分隊二班が作業を進める。アボに教えてもらわなければ作業ができないので、あまり人数がいても仕方ないのだ。
「完了しました」
ハーカーら二班が作業完了を告げ、足取りも軽く舞台に合流した。アボは元通り円柱になり、ハーカーら二班で一番大きなゲタールに背負われているが、それでもはみ出る大きさだ。歩けるとはいえ部隊で行動するには連携が難しく、こうして運ばざるを得ないが、そのせいでゲタールがけがをすれば大事だ。何としてもアボを持って帰りたいが、ガストは少し悩んでいた。
「なぁアボ、広間を通らずに裏口に出られる方法とか、知らないか?」
ガストの悩みを代弁してハーカーが軽口を叩くと、アボはまたポン、と反応した。
「この通路の奥に『リフト』があり、その一階が裏口に直結しています」
え?と口に出してハーカーがそのままの姿勢で固まった。階段以外の出口がある?
「本当か?ゲタール、アボを降ろせ。おい、案内してくれ」
ゲタールに降ろされて自分で動き出したアボは、今来た方向に戻って動き出した。
「ここか?」
部隊は通路の突き当りの壁に向かっていた。見た感じは何もない。
「はい、あのボタンを押してください」
アボが示した丸い模様は、飛び上がらないと届かない高さにあった。先頭に立つガスト隊長自らが飛び上がり、それを押す。
ほどなく壁が開いた。
もう今更みんな驚くことはなく、中に向かう。その中は狭く、全員が入ればいっぱいになっていた。
「中でこのボタンを押してください」
再び、高い場所の四角い模様をアボが指し示す。今度は後ろにいるカトが飛び上がって模様を押した。再び壁が閉まり、慌てて皆が身を寄せる。そうして皆が狭い場所に押し込まれた瞬間。地面にぐっと力がかかり、押さえつけられるような圧力を感じた。皆が動揺し慌てて盾を構えようとした時、壁がまた開き、慌てて全員が外に飛び出す。
「これだけ?」
アルガンが見上げたのは、最初に見た大きな扉だった。確かにそこは、皆が入ってきた、あの入り口だった。
そうしてガスト隊長の元、アルガンの初めてのダンジョン攻略は、最後はあっけなく終わりを告げた。
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