3:突入

 右を大きく迂回し、第二の柵を超えたら一度戻って橋を渡り、左に避けて、第一の柵の隙間から右斜め前に進み、扉へ。

 訓練で何度も繰り返し、今では目を瞑ってでも歩ける、罠を避けてダンジョンの入り口に辿り着くルートも、本番となると多少緊張しているのが自分でもわかる。一つの罠に連動して様々な罠が発動する仕掛けになっているので、この進行中に誰かが罠を踏んだら部隊全体が大変な被害を受ける。それが分かっているからだ。(実際に過去に一度新人がやらかしてダンジョン攻略が一度中止になっている。これも訓練中に口を酸っぱくして教えられたことだ。その時の死者三名、負傷者多数。)

 アルガンたちが罠を抜けてダンジョンの入り口に辿り着いた時には、すでに第一・第二分隊が扉を開け始めていた。第一分隊の半分は扉から飛び出してくる獣がいないかを警戒し、盾で壁を作っている。幸運なことに、獣は居なかった。左右を見回し、危険が無いことを確認する。

「よし、突入!」

 ガスト隊長は皆になんとか聞こえる程度の声で宣言すると自らが第一分隊と共に中に駆け込み、素早く盾で隊列を組み、通路を塞ぐ。第二分隊がそれに続き、第三分隊も慌てて扉の中に駆け込む。第三分隊が入ったことを確認すると、身長の四倍か五倍はあろうかという巨大な扉を、再び閉める。こうして扉を閉めておけば、仮に部隊が全滅した場合でも、獣が外に出ていかない。幸運にも全滅は今まで起きていないが、用心に越したことは無い。あくまで第一の目的は村を守ることなのだ。

 ダンジョンの通路は歩くには十分すぎるが、盾を五枚も並べればいっぱいになる幅だ。第一分隊の精鋭が盾を二重に並べ、通路を進んでいく。中はごう、と低い音がずっと鳴り響いており、天井は一部が明るく光り、全体を照らしているので松明はいらない。壁も天井もつるりとしていて、確かに建物の様子は神殿と同じだった。

 明るく松明が要らないのは便利だが、神殿と同じというのは戦う場としては実は多少ならず不便だった。建物は神聖な場なので、傷つけられないのだ。だから彼らは松明を持ってきていないのではなく、正確には。火を灯したり、弓矢で建物を傷つけたりすると、神の怒りを買うのだ。肥料に火をつけると爆発することが分かり、新しい武器として使用したことがあるが、その時は神はえらくお怒りになり、ダンジョンだけでなく村の空全体が赤く光り、大きなラッパのような音が鳴り響いたらしい。アンドルソフ村長はその様子を「審判」と言っていたが、アルガンには何のことか分からなかった。とにかくそうしたわけで、ダンジョンに持ち込む武器には色々と制限が多い。部隊の武器が盾と槍が中心なのもそういう理由だ。神の怒りを買っても今のところ実害までは出ていないが、神殿は村で唯一の水源でもあり、これが止まれば明日にでも生活できなくなる。そんなに戦いにくいならダンジョンから出てきたところを仕留めればとも思うのだが、外に出て来るまで育った獣は恐ろしく凶暴なので、短い間隔でダンジョンに入り、育ち切らないうちに仕留める方がまだ簡単で、実害も少ない。この定期的なダンジョン攻略は、長年の試行錯誤の中で最も村への被害が少ないと思われる方法なのだ。

「本当に綺麗なのね」

 ハイムが誰にともなく呟く。ダンジョンの壁も床も、神殿と同じく、つるりとして綺麗だった。同じ建物なので同じ作りだとは知っていたが、ここは獣が跋扈する血なまぐさいダンジョンなのだ。なのに見渡す限り血痕も見当たらない。ダンジョンは死体や汚れは神の遣いにより浄化されるとされているが、いざ目にするとやはり違和感は拭えない。ここは本当に何十人・何百人もの村人を飲み込んだダンジョンの中なのか?物々しい装備で警戒を怠らない第一分隊の盾隊が滑稽に見えた。


 通路は短く、すぐに上に続く階段になっている。勝手知ったる、という感じで第一、第二分隊は階段を駆け上がり、第三分隊も慌てて追いかける。階段の一段は膝の高さほどもあり荷物を持って駆け上るには厳しいが、何度もダンジョンに入っている第一・第二分隊は当たり前のように駆け上がって階段上で待機する。だが慣れない第三分隊は途中で隊列が崩れてしまい、階段の上で慌てて隊列を組みなおしていた。ダンジョンの全体像は完全には把握されていないが、地上二階、地下一階まではほぼ地図が完成している。入り口からは一度二階に上がり、そこから地下二階まで進む、それが攻略ルートだった。

 ダンジョンは基本的に奥に進むほど住んでいる獣が強くなる。地上二階に住み着いているのは小動物の類が中心だった。


「いるな」

 ガスト隊長が第一分隊長のバックランドと目線をあわせ、バックランド分隊長が軽く顎を動かすと、ざざっと第一分隊が前に出て壁を作り、隊長と分隊長が盾に吸い込まれるように入ってくる。まるで分隊が二人の手足のようだ。

「あの角を曲がった右側に鼠の巣、まっすぐ行ったところに兎の巣がある」

 ガスト隊長は大きな声を上げず、その場にいる全員にぎりぎり聞こえる声量で必要な情報だけを話す。全員がそれを聞き漏らすまいと必死に耳を傾けていた。まだ通路の角を覗き込んでもいないのに何故それほど自信をもって「いる」と言えるのか、アルガンには皆目分からなかったが、そんなことを考えている余裕はなかった。

「いい練習だ。分隊ごとに分け、第一分隊は兎、第三分隊は鼠の討伐を行う。第二分隊はバックアップとして通路の角で待機。目標は巣にいる半数を間引くこと。多すぎると外に出て来るし、全滅させると一階の獣が二階に広がってしまう。一定の数に我々が調整して、ここにとどめる必要がある」

 てきぱきと指示を掛けると、質問を待たずに隊長は前に向かう。第一分隊も隊長と同じ速度で盾を前に進め、通路が分岐する所で前と横の両方の通路を防ぐように壁を作る。一瞬遅れてアルガンたち第三分隊も続き、バックアップに回る第二分隊、壁を作ってくれている第一分隊と順番に入れ替わる。前の警戒を怠らずに前後を入れ替える動きは訓練通りだが、焦るとどうしてもスムーズに動けず、入れ替わりの際にハイムは盾をぶつけてしまった。

「全員、装備を第二分隊と交換しろ」

 ルベイ分隊長が前に進み出た第三分隊に指示を出す。第三分隊は剣を装備していないので、重たい荷物を第二分隊に預け、剣を受け取るのだ。そう、訓練通り。まずは後ろにいる自分たち二班が武器と荷物を交換する。視線は前のまま。一班と二班、二重の盾の向こうはほとんど見えないが、通路の奥に鼠がいる、らしい。たかが鼠だ。そう思いはするものの、敵がいると思うとじわりと汗ばむのが分かり、盾を握る手にぐっと力が入る。

 とん。

 荷物を差し出す右手が軽く叩かれる。渡さなければならないのに、荷物を握りしめていたらしい、慌てて手を離すと、どしりと荷物が落ちる音がして、後ろからふふ、と押し殺したような声が聞こえた。入れ替わりに手に剣が握らされる。

「大丈夫、焦らないで」

 女性の声が聞こえるのと同時に右肩をポンと叩かれる。ふわ、といい匂いが鼻腔をくすぐったところで、余韻を感じる間もなくルベイ「鬼」分隊長の命令が響く。

「二班、前へ」

 よし。改めて盾と剣を握り、盾を下から押し上げるように斜めにし、剣で支えるようにして二歩前に出る。あわせて一班が盾の右を引くように斜めに寝かし、ぶつからないように入れ替わる。いち、に。綺麗に足並みが揃った入れ替えでザッザッと十二の足音が揃う。訓練では馴染んだ光景だが、本番でこの足音を響かせるとちょっとした高揚感がある。

 前列に出たことで盾が一枚になり、前方が見えるようになった。通路の先が左側に少し広くなったところがあり、そこに動いているものが見える。鼠だ。大きさは膝より少し下ぐらいだろうか。全長は片腕ぐらいはありそうで、噛まれれば一匹でも結構深刻な怪我になりそうな大きさをしている。ダンジョンにいる獣は毒や角など、変わった特徴を持っていることもある。大きさだけでなく、その特徴にも注意が必要だ。左に広くなった空間から視界に数匹が出たり入ったりしており、視界の外に全体でどれぐらいの数がいるかはまだ掴めない。

「すり足前進!」

 ルベイ分隊長の命令と共に、盾を地面に付け、盾の前面をそろえて進む。鼠も近づいてくる盾を警戒している。ずるり、ずるりと前進していくに従い、肩の後ろがかぁっと高揚し、アルガンは自然と呼吸が早くなっていた。

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