2:突入準備

 ダンジョンの入り口には大きな石の扉が設けられている。元々あったものではなく、村で苦労して作り上げたものだ。その周囲には落とし穴や杭、毒矢の罠が所狭しと張り巡らされている。ダンジョンとは様々な生物が生み出され、外に出んとする巨大な構造物だった。

 なぜそうなっているのか、どうやって新しい生物が生まれ続けているのか。それは昔から議論され色々な案が出ているが、未だに結論が出ていない。だが実際にそこにあり、それを放置すると恐ろしい獣が野に放たれる事実がある以上、村ではこうして労力と犠牲を払ってでもそれを封じ込める必要があった。ダンジョンはこの村に最初からあり、全てを生み出し、また破壊しうるものだった。言い伝えではこの村で飼っている牛と羊、野を走る兎、さらには人間もダンジョンから生み出されたとされているぐらいだ。

 とにかく恐ろしい獣を放たないために、定期的にダンジョンに入り、大きく育つ前に斃す。これが平和なラボの村で唯一と言って良い重大行事だった。ダンジョンに入るのはおおよそ50日に一度。おおよそ、というのは前回の被害が大きく、怪我の回復に時間がかかった際などは間隔を長く取らざるを得ないためだ。こうしたときにはダンジョンの獣も増え、成長して強くなるため、次もより熾烈なものになる。

 アルガンはダンジョンから獣が出てきたところなんか見たことが無いので、そんな話はお伽噺ぐらいにしか思えないが、グラーバウ長老が子供のころには実際に大きな爪を持った巨大な獣が出てきて、仕留めるまでに最終的に百人が殺されたらしい。今となってはその数字を確かめる術もない眉唾な話だが、その獣の爪とされるものは実際に村長の家に飾られている。アルガンの肘から手首ほどの長さの爪は、確かにそれで搔かれれば助からないであろう、恐ろしい大きさをしていた。


 こうしてぐだぐだと考えてしまうのも、やはり不安と恐怖からだろう。今日はダンジョン攻略の日で、アルガンは初めてそれに参加する。これだっていくら考えてもその事実は変わらない。

 ダンジョンは神殿とひと続きの建物になっていて、表側はラボの神殿、裏側はダンジョンと呼ばれていて、村の名前もこの神殿の名前から来ている。人間がダンジョンから生まれたとされるのも、神聖な神殿から生まれたとするのはちょっとおこがましいから、その神殿の裏口から生まれたことにしたとか、そんなことだろうとアルガンは昔から考えていた。

 ダンジョンの入り口には広く罠が敷き詰められているが、その外側で今回の参加者は道具の最終確認と点呼を行っている。総勢四十八名、下はアルガンたち十六歳、上はおおよそ四十歳ほどまでが参加する。少なければ戦力として問題だが、多すぎても動きが遅くなるので、最も戦力として動きやすいこの人数に落ち着いたそうだ。部隊は三つの分隊に分かれ、それぞれが大きく盾隊・槍隊・後衛を担当する。アルガンたち新人はまとめて第三分隊の後衛を担当する。役割は背面の盾と輜重だ。もちろん実際の戦闘になれば役割は臨機応変に切り替わる。そのための訓練も一通りやっている。

「おう、お前たちも今回からだな」

「カッシュ!」

 アルガンとハイムを見つけてぐいっと肩を引き寄せたのは、幼馴染のカッシュだ。同い年だが、生まれた日の関係でカッシュだけ前回のダンジョン攻略に参加しており、彼にとっては今回のダンジョンが二回目になる。こういう時、経験者の幼馴染がいると心強い。アルガンもハイムも緊張で凝り固まった気持ちがほぐれるのがわかる。

「おう、オレは経験者様だからな。なんかあったら頼ってくれよなっ」

 芝居がかった様子で胸をドンと叩く様子は、いつものお調子者のカッシュだ。その様子だけでも日常が戻ってきた感じがして緊張がほぐれた。

「ほう、経験者様か」

 しかし今度はカッシュが緊張する番だった。背後からの声にびくっと肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。そこにはアルガンたちが「鬼」と呼んでいた教官の姿があった。

「お前ら、チンタラするな!口ではなく、手を動かせ!」

 荷物の確認をしている第三分隊に雷が落ちる。聞きなれた怒号は、しかし恐怖と共に日常が戻った気がして少しの安心感も与える。ルベイ「鬼」教官は、アルガンたちのような若い村人の訓練をする教官であるとともに、ダンジョン攻略時には第三分隊の隊長でもあった。ちなみに第一分隊バックランド分隊長の妻でもある。(ここを野次ると本気で怒られる)訓練する教官がそのまま分隊長になるのは、実力が分かった上で適切な指示を出せることや、こうして訓練の延長としてダンジョンを攻略することで緊張を減らすなどいろいろなメリットがある、らしい。

「いやぁ、怒られちゃったねぇ」

 テキパキと準備を進めながら若い男が声をかけて来る。口と手を両方動かしている分には怒られないようだ。

「僕は第三分隊二班の班長、ハーカーだ。君たちはみんな僕の班に入るからよろしくね」

 絵にかいたようなさわやかな好青年、という趣のハーカーはにこやかに手を伸ばし、アルガンとハイムに順に握手し、カッシュとハイタッチした。

「じゃ、揃ったところで簡単に紹介だ。輜重部隊である第三分隊二班は班長が僕、ハーカー。アルガン・ハイム・カトの三人は今回が初めてだから、他の皆は出来る範囲でサポートしてあげてくれ。カッシュは二人と幼馴染なんだよね。あとはデーナとゲタール。ゲタールは僕よりずっと経験があるから、難しくて分からないことがあったら聞いたらいい」

 ハーカーがペラペラとメンバーを紹介する。カトは訓練で一緒だったのでよく知っている。身長はハイムと同じぐらい。男でハイムと同じだから、小さい方だ。すばしっこくて器用な奴だが、力はそれほどでもないから、盾隊や輜重では苦労するかもしれない。あとの二人、若い女性がデーナで、がっしりした体格のおじさんがゲタール。小さい村だから顔は見たことがあるが、全員の名前を憶えているわけでは無いから、必死に覚える。

 二人と挨拶をしようとしたところで、ガスト隊長の大きな声が響く。彼のことは知っている。何度もここ二年はずっと隊長をやっている、村で知らない者はいない最強の戦士だ。

「それではダンジョンに突入する!罠を踏まないように慎重に進め!」

 ルベイ教官、いや分隊長の言う通り、口を動かしている余裕はなさそうだ。いったん落ち着いた不安と恐怖が再び胸の奥から這い上がってくるのを感じて、アルガンは自分の荷物をぐいと担ぎ上げた。

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