ダンジョンのある村、ラボ
ろい
1:前夜祭
祭りは成人の儀式を兼ねている。
ダンジョンに入る前日にはこうして祝いと祈りの席を設け、村人総出で大騒ぎをする。入った後ではなく前に宴をするのは、ダンジョンから出てきた後はほとんどの場合、葬儀があるからだ。
アルガンは宴を眺めつつ、今日から飲めるようになった果実酒を、慣れない様子でちびちびと舐めていた。まだ他の大人のようにぐいと飲みこむ勇気はない。みんな楽しく騒いでいるように見えるが、投げやりな感じの人も何人かいて、それを周りは咎めるでもなく好きなようにやらせている。小さい頃はそんな大人が嫌いだったが、自分がその立場になれば分かることもある。そうでもしないと心が持たないのだ。
「アルガン!」
名前を呼ばれて飛び起きるように顔を上げ、慌てて壇上に駆け上がる。壇上にはすでに同い年の六名が並んでいた。幼馴染のハイムもにやにや笑いながらこちらを見ている。その横にはアンドルソフ村長があきれたような顔で睨んでいた。
「まったく、今日からそんな状態だと困るぞ?」
「す、すいません」
慌てて列に並び、宴の会場を向く。村長がごほんと大きく咳をすると、宴はしんと静まり、皆の目が一斉に壇上に注がれる。アルガンはさっきまで騒いでた人ほど、しおらしく、むしろ憐れむような眼で壇上に目を注いでいるのに気が付いていた。会場が静まった様子を見計らって、村長が言葉を続ける。
「さて、今日成人を迎えるのはこの七名だ」
力強い声で村長が叫ぶと、会場から拍手が飛ぶ。その拍手が続く下で、村長は懐から小さな容器を取り出し、七名の額と頬に成人の証である印を順に塗っていく。額には皆等しく丸い印が、そして男は右頬に、女は左頬に二本の線が引かれる。アルガンは右頬に、ハイムは左頬に。ささっと塗り終わると村長はまた容器を仕舞い、会場に向き直ると大きく両手を広げた。村長が手を広げたのを見ると七名全員が手を繋いで両手を上げ、そのあと手を下げながら深々とお辞儀をする。念のため改めて教えられてはいたが、みんな小さな時から何度もその様子を見ているので、間違えることはない。会場からの拍手は一層大きくなり、それが一段落したところで村長は話を始めた。
「さて、この七名のうち六名は明日、初めてのダンジョンに潜ることになる。初めての本番だが、やることは今までの訓練通りだ。恐怖に飲まれず、村のため勇敢に向かって欲しい」
村長はそこまで話すと一息つき、脇の白い円筒に手をかけた。「アボ」と呼ばれる人と同じ大きさのそれは、つるりとしており、神殿で見かけるものと同じ材質でできている。人がこの地に降りた時に神が遣わした「導くもの」で、人に言葉と知識を与えたとされ、村長の家に祭られている。こうして祭りの時だけ村長の家から持ち出される。神殿から持ち出して神の怒りを買っていないのだから、それが祝福されたものであることは分かるが、とはいえアルガンにとってはただの円柱にしか思えないのも確かだ。
「この者たちに、神の加護があらんことを」
宴のたびの挨拶は定型文のようなもので、会場からは型通りの拍手があって、それが宴の終わりの合図にもなっている。しかし壇上で頭を下げて聞く言葉は、その六名に信託のように降り注ぎ、本番が近いことを改めて実感させた。
明日。
「そろそろ顔を上げていいぞ。みんなお疲れ様。今日は帰ってよく休みなさい」
村長に声を掛けられて手を繋いだままの七人はそろそろと顔を上げる。アルガンは自分の繋いだ右手に震えが伝わってきていることを感じていた。思わずその手の主であるハイムを見ると、慌てて手を放しつつ、いつも通りにっかりと笑顔で手を振った。
「じゃ、おやすみ。明日はボーっとしないでよ!」
家は近くだから帰り道は同じだし、実際いつもならくだらないことを話しながら帰るものだが、今日のハイムは手を振りながら声をかける間もなく駆け足で帰っていった。見た目には分からないが、やはりみんな不安なのだ。
宴の片づけを脇に見て、アルガンは家路についた。今まで片づけを手伝うのが当たり前だったが、これもダンジョンに入る者は免除される。宴の場から家に帰る道は四つ並びの星を目印に。周囲をほぼ円形の急峻な山に囲まれたラボの村は、狭いが日々平穏そのもので、災害もなければ年中温暖で作物はずっと収穫できるので、収穫祭もない。村の中心を通る道は周囲を囲む山のところで大きな石の扉で閉じられ、記録のある限り出入りした者もいない。(村ではダンジョンを恐れて、この村全体が大昔に外から隔離されたのだと考えていた)そんな抑揚のない日々の中で、ラボの村ではダンジョンだけが特別で、だからこそ前夜祭は盛り上がり、そしてダンジョンに入る者には色々なものが優先されていた。
アルガンはぼうっとしたまま家に戻り、ベッドに入った。色々考えていたようで、何も考えていなかった気もする。
ダンジョンに潜るのは通常二~三日の工程になる。今はこれが最後のベッドにならないよう祈るばかりだが、よく寝なければと思うほど目が冴えて仕方がなかった。|
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます