第29話 奪還

 レンを排除したことで、ソウの再起動をするだけの時間が手に入る。オーリハから荷物を受け取ってソウがいた部屋に戻ったカレルは、隣に座り込むと中断していた作業に取り掛かる。オーリハは後ろで腕を組んだまま不思議そうに観察している。今のようなソウを見たことがないからだった。


 不安が全てなくなったわけではない。ソウの状況が分からないことに加え、最初に伝える言葉も決まっていない。しかし、ホウの介入を気にしなければならず、悠長にしている余裕はなかった。


 「これでちゃんと生きてるの?」


 「寝ているようなものだよ。外からゆすってやらないと絶対に起きれないんだけど」


 カレルは左腕だけで作業を進め、最後のボタンを押した後はソウの右手を握る。失ったのが右腕だったのは不幸中の幸いだった。仮に反対だったとしても約束を守ることはできるが、違和感で気まずくなるに違いないのだ。


 「その手は?」


 「おまじないだよ」


 「ふうん」


 オーリハとやり取りを交わしながらも視線はソウに釘付けとなる。ソウの起動は極めて速い。身体が息を吹き返すと数秒足らずで意識を取り戻した。


 目を覚ましたソウの最初の反応は拒絶だった。腕を強く引き戻したためカレルも一緒に体勢を崩す。ただ、手を離して視線が合った後はみるみるうちに表情が柔らかくなっていく。次の瞬間、ソウは満面の笑みでカレルに飛びついてきた。


 「カレル!」


 「無事だったか?」


 されるがままのカレルは久しぶりの声に安堵する。自我を操作された様子はない。二人はカレルの右腕の分だけいつもより密着している。ソウもその違和感に気付いた。


 「これって」


 「ちょっと色々とあってさ。オーリも一緒だ」


 「あ……」


 部屋の奥に立つオーリハを示すとソウから感情が消え、カレルの肩をぐっと押して距離を取る。分かりやすい心の壁にカレルは苦笑いを浮かべる。


 「ごめんなさい」


 「そのことだけど」


 「私、またカレルをこんな目に」


 ソウの視線はカレルとオーリハを行ったり来たりしている。カレルがナミハヤを離れていた時、二人の間で何かがあったらしい。ただ、オーリハの方を向いても肩をすくめるだけで何も答えてくれなかった。


 「あの時のこと謝りたくてここまで来たんだ。僕が間違ってたって気付いた。ソウにあんな酷いこと言って」


 「そんな……私はこのままカレルと離れるべきだったのに」


 「どうして?」


 「自分の願いを押し付けてばかり。そばに居る資格なんてなかった」


 ソウは自らを卑下して膝を抱える。カレルからすればこれも自分の責任だった。刹那的な怒りに任せてソウの気持ちに寄り添うことができなかった。


 「ソウと一緒にナミハヤに戻りたい。イーロンにもそう約束したし、あんなことで離れ離れなんて嫌だったから」


 「あんなこと?私はもう自分がしたことの重さをちゃんと分かってる!あんなことで言い纏められることじゃない!」


 「いいや。ソウとまた前みたいな生活ができるのなら、こんなの粗末事だ」


 カレルはそう言い切って自分の頭を人差し指でつつく。ソウは考え込むように目を伏せた。先程よりも戦闘音が近づいてきている。


 「悩むのはまた後で。今は移動したほうがいいんじゃない?」


 「そうだな」


 「オーリハさんは良いんですか?私がまたカレルのそばにいることになっても」


 「私には関係ない。今だってカレルが助けるって言ったから手伝ってるだけ」


 オーリハの言い方は優しくない。二人の関係を考えれば分からなくもないが、それでも少し冷たく聞こえた。とはいえ、見方を変えれば許容とも受け取れる。


 「ソウ、今は僕を信じて」


 「……うん」


 カレルは手を差し出す。取ってくれないとは露も考えなかった。実際、不安そうにしていたのは手と手が触れるまでで、握った後はすぐに馴染んでいく。しかし、立ち上がろうとしたソウは体勢を崩してその場にへたり込んでしまった。


 「どうした?」


 「左足に力が入らない」


 「足?」


 カレルはすぐさまソウの足を見る。着てきた服は膝のあたりまで切り裂かれている。一見問題はなさそうだったが、注意深く観察してみると皮膚にわずかながら切開の跡が残っていた。敵はソウの演算回路に手を加えられず、動力機構に小細工をしたようだった。


 「治せるか見てみる」


 カレルはソウのふくらはぎを指でなぞり、どこに手を加えられたのか探す。ジャンク品である右足とは違い、精巧な分だけ解決には時間がかかる。位置を特定して同様に皮膚に切れ込みを入れようとしたところ、今度はオーリハが声を上げた。


 「カレル!」


 「レンの信号が途絶えたと思えば……お前だったか」


 扉の陰からホウが姿を現す。戦闘音はまだ止んでいない。実際にレンの問題を察知して駆けつけたようだった。


 「オーリ、先に逃げろ」


 「なに?」


 「僕はソウと行く。手助けしてほしい」


 一人で逃げるようには言わない。反発されると分かっているからで、その上でオーリハを優先して逃がすための口実だった。しかし、ホウの目に捉えられた三人は動くことができなくなる。


 「この二人は関係ない!用があるのは私でしょ!?」


 「ああ。いい加減、失踪していた間の話を聞かせろ。情報がどこまで漏れたのか知る必要がある。ただ、この男が来たのであれば話は別だ。こいつの方が先に口を割るだろう」


 「乱暴は許さない!」


 「黙れ」


 ソウの警告を無視してホウがカレルを睨みつける。カレルは手を振ってもう一度オーリハに逃げるよう指示を出す。その最中、今度は轟音とともに建物が大きく揺れる。近くで何かが爆発したようだった。


 「あの出来損ないどもめ!」


 「オーリ!」


 カレルが叫ぶとオーリハが先に割れた窓を飛び越えて外に脱出する。カレルも背中の荷物を捨ててソウを背負った。他のヒトに比べて軽いとはいえ、ソウの骨格は金属である。右手と左足がジャンク品に置き換わっている今はさらに重量が増していた。


 「会えただけで十分!私を置いて!」


 「嫌だ!」


 カレルはソウを窓の外に落とす。自分も乗り越えようとするが、間に合わずに背中に蹴りを入れられた。嫌な音が胸元から聞こえて、カレルは再び部屋から吹き飛ばされてしまう。今度ばかりは簡単に立ち上がれそうにない。そんなカレルにソウが地を這って近づいてくる。


 「カレル……」


 「あの日の恨みだ」


 ソウよりも早くホウがカレルを捕まえ、頭部を踏みつける。骨の軋む音が直接聞こえてカレルは足を暴れさせた。負荷が大きくなるにつれてソウの声が聞こえなくなっていく。何度か甲高い音がするのはオーリハが銃を撃っているからだ。しかし、それも今のホウには通用しない。


 「カレルを放せ!」


 絶体絶命の状況で牙を剥いたのはソウだった。足が動かない代わりに両腕を駆使して跳躍し、ホウに襲い掛かる。意識が遠のく中だったが、そんな動きを見たカレルは腕がまた傷ついてしまうと心配した。ソウはそのままホウを押し倒し、おかげでカレルは一時的に解放された。


 しかし、そんなソウも本来の力を発揮できず、まるでおもちゃのように扱われる。建物の壁に叩きつけられてジャンク品の左腕から火花が散った。


 「ソウを傷付けるな!」


 「安心しろ。私の手で矯正するだけだ」


 ホウはソウと同じヒトである。しかし、何もかもが違っていてこれほどまでに温かみがない。人間を見下し、同型のソウにまで自らの都合を押し付けている。フラフラと立ち上がったカレルは息を吐く。逃げることができないならば戦うだけだった。


 しかし、結果的にカレルが命を捨てる必要はなかった。聞き覚えのある高周波数の音がカレルの脇をすり抜けていく。国のアンドロイドがようやく到着したのだ。独特の匂いがカレルの鼻をつつき、ホウに塩素弾が撃ち込まれていると分かった。


 闇夜の中、ホウはその攻撃を避けて宙を飛び回る。弾丸が当たることはないものの、ホウの動きが制限されている。カレルは直ちにソウに駆け寄った。


 「カレル?」


 「すぐに吸気を止めるんだ。僕に掴まって」


 「逃げて……」


 「一緒に逃げる」


 カレルはもう一度ソウを背中に乗せる。気付いたホウが二人への接近を試みるが、国のアンドロイドがそれを許さない。ただ、味方が放つ塩素弾はカレルの目や呼吸器を傷つけ、ソウの内部機構を腐食させる。何とか塩素ガスの立ち込める領域から脱出したカレルは咳込みながら倒れ込んだ。そこにオーリハが駆けつける。


 「ここじゃまだ駄目!歩くの!」


 「ソウを頼む。僕は大丈夫」


 カレルの目は上手く見えていない。それでも、振り返ると塩素特有の黄色いガスが地面を這ってこちらに流れてきているのが見えた。


 「重いわね」


 「ごめんなさい」


 ソウも僅かながら塩素ガスの影響を受けたらしい。ただ、自動で内部洗浄が始まっていてそれほど深刻ではなさそうだった。暗い林の中では緊張の糸を切ることはできない。三人はそんな状況でとにかく足を動かし続けた。

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