第28話 レンの恨み

 ホッポでの用事を終わらせたカレルとオーリハは敵の拠点を見渡せる場所まで戻り、そこで夜を迎えた。まだ大きな動きは見られない。カレルの作戦は間に合いそうだった。


 「私はどうしてればいい?」


 「ここで待ってて」


 「カレルは?」


 「国のアンドロイドが来ると戦闘になる。その混乱に乗じてソウを探す」


 「ホウやレンと出くわしたら?」


 心配の種が尽きないオーリハがカレルを質問攻めにする。カレルはその全てに答えを持っているわけではない。ソウが隣にいた頃とは違い、計画が必ず成功する保証などないからだ。ホウやレンと鉢合わせれば高い確率で命を落とすことになる。


 「いいか、危なくなったらすぐに逃げるんだ。ホッポまで戻れば大丈夫。きっとナミハヤまでも帰れる」


 「そんなこと聞いてない!カレルはどうやって戻ってくるつもりなのかって」


 「これで戦う」


 カレルは工作所で貰ったテルミット反応剤を取り出す。使い道は色々と考えられる。しかし、そのどれもがホウやレンはおろかアンドロイドに対して決定打になり得ない。


 「私は……」


 「きっとソウと戻ってくる。そう願ってて」


 「よくそんな適当なこと……」


 そこまで言ってオーリハは口を閉じる。それ以上の議論が無駄だと悟ったらしい。カレルは求められるがままオーリハと抱擁を交わした。


 国のアンドロイドが到着したのは月が空高くまで昇った夜半のことだった。敵の動きが慌ただしくなり、ホウも最も大きな建物から姿を現す。仲間のアンドロイドを引き連れて迎撃に出るようだった。


 それを確認したカレルは今が好機と中腰で廃工場に近づく。戦闘が始まると状況は混沌を極めた。ソウの管理はホウとレンにしかできない。そう考えてまずはホウが出てきた建物を調べることにした。


 戦闘の激化に伴って様々な環境音が入り乱れる。それはカレルに不利に働き、敵の察知を困難にさせた。少しでも自らの気配を消すために息を止めて暗い建物内を進んでいく。しかし、カレルの予想とは裏腹にこの建物はもぬけの殻だった。


 そんな中でレンを見つけられたのは偶然だった。割れた窓からふと隣の建物に視線を移したところ動く影に気付き、目を凝らすと見覚えのある姿だったのだ。カレルは慌てて物陰に隠れて全身の動きを止める。呼吸を整えた後、最小の動きでもう一度観察した。


 レンはアンドロイドではないため、落ち着かない様子で一つの部屋の前を往復していた。外見は人間にしか見えないが、その戦闘能力は並外れている。意味のない場所にレンが陣取っているとは考えづらい。目標はその部屋の調査へと置き換わった。


 ただ、そう決めたところで現状では接近のしようがなかった。ソウの索敵能力は僅かな音だけで階下の動きを把握できるほどだった。レンにも同程度の能力があるはずで、無理に動いて戦闘に発展させるわけにはいかないのだ。


 考えた末、カレルは罠で誘き出すことにした。テルミット剤の一部を地面に積んで手持ちの可燃物を周囲にくべる。導火線は布を細く破ったものに油を染みこませて代用した。


 突発的な策であるため、着火からどれほど時間に猶予があるのか分からない。レンが強い発光と音に興味を示すとも限らない。ただ、物を投げるといった直接的な方法では投擲物の軌道計算から居場所を割り出されてしまう。そのため、このように煩わしい方法で時間を稼ぐほかなかった。


 成功の可能性を計算するよりもまず、火をつけて頭から躊躇いを追い払う。想定より早く燃える布に焦りながら位置を変えたカレルは最後の花火を待った。油のせいで黒い煙が空間に充満する。咳を我慢して待っていると眩い閃光と破裂音が始まった。


 レンはそれにすぐさま気が付き、その場で動きを止める。硬直しているように見えて索敵しているのはソウも同じだった。冬にもかかわらず汗が滴り落ちる。体温を感知されないか心配になった。


 燃焼が終わると再び遠くの戦闘音が聞こえる。それでもレンは動かず、カレルの頭に失敗の文字がよぎった。そうとなれば別の策を考えなければならない。カレルは他に通路がないか目だけを動かして探す。ただ簡単には見つからず、諦めて視線を戻すとレンの姿がなくなっていた。


 慌ててあちこちに目を配ると、レンは建物から出てこちらに接近していた。やはり何があったのか確認するらしい。カレルもそれに合わせて動き始めた。


 レンの死角を選びながら建物に入り、それからは時間との勝負で部屋の探索に入る。探し物はすぐに見つかった。


 「ソウ!」


 頭にズタ袋を被せられた人影が冷たい床に寝かせられている。両手足を拘束されてうつ伏せにされていたが、それでもカレルにはすぐに分かった。声を押し殺して呼びかけてみるが反応はない。燃料電池の運転音も聞こえず、シャットダウンされているようだった。


 袋を取り払うとソウはまるで眠っているかのようだった。目尻に涙の跡がありカレルは拳を握る。ただ、怒っている場合ではなく、急いで拘束具の取り外しにかかった。


 ソウの腕力を抑え込むためか頑丈な合金製をしているが、構造自体はそこまで複雑ではない。足の開錠が上手くいくと、続いて胸の前で組まされた両手に触る。こちらもすぐに取り外せる見込みが立つ。そこまできてふとカレルに不安がよぎった。


 拘束具を外せば残すは再起動だけとなり、慣れたその作業も簡単に終わる。ただ、カレルにはソウの演算回路の状態が分かっていなかった。


 ソウはヒトであるため、ネグルージュの法則の観点からソウの行動はソウの意志に帰結する。その問題はなかったとしても、ウイルスを組み込まれている可能性は否定できなかった。自我に干渉できなくとも、思考に障害をもたらすことはできるのだ。それでもソウはそれに対する防御策も持っていて、それがカレルと交わした虹彩ロックだった。


 いつもソウはカレルに全幅の信頼を置いていた。困らされることもあったが、今ではその覚悟が意味することを理解している。カレルに同じことができない道理はない。


 拘束具を地面に捨てて、再起動の手順を丁寧に思い起こしていく。覚悟は決まった。ただ、すんでのところで邪魔が入った。


 「人間、来ると思っていた」


 振り返ると部屋の入り口に不敵な笑みを浮かべたレンが立っていた。再起動の操作は簡単なため無視して進めることはできる。しかし、カレルはそれをせずに立ち上がった。この状況では手を繋いで待ってあげられそうになかったからだ。


 「情が湧いたか?この国じゃ人間とヒトは犬猿の仲だろう。それとも、ソウの価値に目がくらんだか。愚かな」


 「ソウは返してもらう」


 「あの時殺しそびれたこと、今でも後悔している。兄貴には悪いが俺が殺す」


 「この拘束具、まだソウを掌握できてないんだろ」


 「遊んでやるよ!」


 レンは言葉に耳を傾けることなく正拳突きでカレルに迫る。その動きを何一つ目で追えなかったカレルは気が付くと後方に吹き飛ばされていた。窓を突き破っても衝撃は緩和されず、凍った地面に穴を作る。


 「どうされたい?あの日、俺の身体に四つも傷をつけた。同じ数だけいたぶる前に死ぬなよ」


 「……待ち侘びてくれていたなんて、光栄だ」


 カレルはよろよろと立ち上がって逃げる。現状、国のアンドロイドがこの拠点を掌握できるとは思えない。レンの相手はカレルがしなければならなかった。


 月明りがあるとはいえ外は暗い。カレルは波の音だけを頼りに海岸に向かった。追いかけてくるレンは結末を急ぎはしない。カレルは頼みの綱であるテルミット剤を手に取った。


 旅をする時、カレルはいつもソウの視界を頼りにしていた。人間には見えない光を使って周囲を観察できるからだ。ただ、今はある程度の月明りがある。この場合、ソウは光増幅器によって視界を確保していた。


 「二発目」


 レンの蹴りが肩に当たって砂浜を転げまわる。殺さないために力を抑制しているようだった。まだ身体が動くことを確認したカレルは義手にテルミット剤を握る。そして、レンの接近を待ってからそれに火をつけた。目を閉じても鋭い閃光に襲われ、レンもその光を直視する。


 光増幅器を使っている場合、高強度の光に晒されると一時的に視界不良を起こす。直ちに別のセンサに切り替わるため行動不能に陥ることはないが、一時的に姿をくらませるには十分だった。その隙にレンの背後に回ったカレルは残りのテルミット剤を頭から掛けて火を放った。


 金属さえも溶融させる高温がレンを襲う。白煙に包まれたため状況が確認できず、カレルは熱から逃げるように距離を取った。燃焼は長く続かない。煙が晴れるとレンはこちらを向いて笑っていた。


 「小細工だけは一級品だな。この程度で俺を殺せると思ったか」


 「………」


 テルミット反応によって服は燃え、上半身は酸化被膜で覆われている。しかし、レンの動きに変化はなかった。関節を動かすと被膜がはがれて無傷の肌が露わになる。全く傷がつかないというのは想定外で、カレルはその場に立ち呆けてしまう。


 「殺してやる」


 咄嗟に義手を構えるも、鈍い音とともにそれは身体を離れていく。カレルはそのまま海に落ちた。冷たい海水に震え、片腕だけでは波に足をすくわれてまともに立つこともできない。


 「次で最後だ」


 「くそっ」


 冬の海は急速に体温を奪っていく。しかし、それから逃げたところで結果は変わらない。それならばとカレルはさらに水深のある方向へ進んだ。


 「諦めるのか?俺の手で殺したいんだ」


 カレルの動きを自殺と捉えたレンが後を追って海に入ってくる。波の抵抗を受けても動きが鈍る様子はない。一方のカレルは寒さで身体の感覚がなくなりつつあった。


 レンを目の前にして最期を悟る。カレルに打つ手はもうなかった。レンは獲物を目の前に舌なめずりをしている。レンの手が伸びてカレルは目を瞑る。


 しかし、それは何もない虚空で止まった。


 「ん?」


 レンはなぜか暗い海岸沿いに注意を向けている。その直後、空気を切り裂く高音が響き、レンの顔面で火花が散った。レンは即座に跳躍して一時的にその場から逃げる。一人残されたカレルはその隙に砂浜まで戻った。


 レンを襲ったのは銃弾だった。最初は国のアンドロイドかと考えたが、塩素弾ではなかったため別の誰かだと分かる。


 レンを見失ったカレルはひとまず建物の陰に隠れた。身体を丸めて暖を取り、ソウを取り返せなかったことを悔やむ。しばらくすると背後から足音が近づいてきた。寒さで身体が上手く動かず、首を回してそちらを窺うことしかできない。斜面を下ってきたのは肩に銃を携えたオーリハだった。


 「よりによって私の前で死のうとするなんて!」


 「すまない」


 震える声で謝るとオーリハが抱きしめてくる。暖かいはずだがカレルは何も感じ取ることができない。オーリハは耳元で囁いた。


 「あんなのまぐれ。なんか目に当たったから逃げてったけど」


 「顔には色んなセンサがあるんだ。壊れたわけじゃないけど、あれが塩素弾だったら致命傷だった」


 「もう逃げよう」


 「駄目だ。ソウを見つけた」


 次第に身体が温まってきてカレルの心持ちも変わってくる。オーリハと合流出来たことで安心できたのかもしれない。一方のオーリハは反対の姿勢を見せた。


 「あんなの相手にしてられない。ソウを助けたい気持ちは分かる。でも命を捨てるなんて認められない」


 「あと銃弾はどれくらいある?」


 「え?」


 「さっきと同じこと、もう一回できる?」


 カレルの問いにオーリハは驚く。目が合うなり怒りをぶつけられた。


 「あれはまぐれだって!当たっても効果なかった!」


 「僕がもう一度レンの前に出ていく。どうにかして動きを止めるから」


 「聞いて!」


 「オーリって銃の扱いが上手いんだな。バスエで噂は聞いてたけど、僕がいる時になかったから知らなかった」


 「それは……乱暴なところ見せたくなかったから」


 カレルは乱れていた呼吸を整えていく。海水はただの水とは違い、塩分を含んでいるため肌に違和感を与える。


 「上半身を狙って。きっと上手くいく」


 「もし外したら?」


 「僕が時間を稼ぐ。何も心配いらない。オーリのことは僕が守る」


 カレルは笑ってみせてから立ち上がる。レンも海に入ったことでその身体は濡れている。違いは発熱によって身体機能を維持できること。一見、不利な条件だけが整っているようだが、カレルには道が見えていた。


 「ふざけないで……」


 「ふざけてない」


 「守ってあげてたのはいつも私だったでしょ?」


 オーリハも力強く立ち上がる。涙が頬を伝っていたが、声に不安は乗っていない。しかし、銃を持つ手は震えていた。


 「失うものか、絶対に」


 「オーリ、自分を見失うな」


 「同じ失敗はしない」


 「僕もそのつもりだ」


 当然、カレルにレンと直接戦う力はない。全てはオーリハにかかっていた。ただ、不安にさせないためにもそのことは黙っておく。


 オーリハに荷物を預けて所定の位置に移動させた後、カレルはレンの居場所を探す。索敵能力は圧倒的に異なる。ホウのことも忘れてはいけない。カレルは自分を餌にレンを誘き出すことにした。


 カレルは姿を晒して歩く。レンがどこに潜んでいるのか分からないため、どのような攻撃があるのかも予測できない。それでも、カレルを恨んでいたことを逆手にとって必ず姿を現すと踏んでいた。


 「諦めの悪い奴だ。だが、逃げ帰ってなくてよかった」


 「右腕くらいじゃ見捨てられない。あの時、ソウは腕と足を失ったんだ」


 予想通り、小細工なしでレンが姿を現す。上半身は先程と同じ状態で、発熱しているためか蒸気が上がっていた。


 「あいつも馬鹿だ。兄貴が治してやると言っても、あんなガラクタに愛着を持ちやがって」


 「お前らに理解できるはずがない」


 「あのロックはお前だろう……目玉をくりぬく必要もあるな」


 レンが一歩ずつ近づいてくる。その姿はさながら悪魔そのものだった。絶対的な力で屈服させようとしている。恐怖を押し殺したカレルがその場に根を張ると、レンはしたり顔を見せた。


 「同じように銃で狙っているんだろう。この俺が安直な策にかかると思うな!」


 その言葉の直後、オーリハの放った弾丸がレンの頭部めがけて飛んでくる。ただ、音速を超える金属の塊をレンはあえて右腕で防ごうとした。避けなかったのは力の差を誇示するため。笑いをこらえきれなくなったのは勝利を確信したからだった。


 勝利を確信したレンの腕で先程と同じように火花が散る。ただ、その衝突音は甲高い跳弾の音ではなく、何かが切り裂かれたような低い音だった。レンの表情が急変する。


 カレルが状況を把握する間もなく、次の弾丸がレンに叩き込まれる。オーリハの銃は連射できないものの驚くべき短時間で次弾が撃ち込まれ、レンの下がった右腕の隙間から今度は頭部に当たった。カレルの目でも弾丸がめり込む様子が見て取れた。


 レンは逃げようとする。しかし、カレルは片足に飛びついてそれを邪魔した。すぐさま蹴り飛ばされてしまったが、その間にも胴体に一発が撃ち込まれる。


 計三発の弾丸を受けて、レンは膝から崩れ落ちた。二発目が最も効果的だったようで頭を抱えて悶え苦しんでいる。カレルは腹部の痛みをこらえながらレンに近づき、後頭部を地面に押し付けつつ胸元のスイッチを押す。身体から力が抜けたレンは静かになった。


 「カレル!」


 カレルがレンの様子を窺っていると、オーリハが合流してくる。同じようにレンの身体にあいた穴を覗いて首を傾げた。


 「どうして弾かれなかったんだろう」


 「すき間腐食だ。被膜が固着した状態で海に入った。発熱も腐食を促進したんだろう」


 作戦は上手くいった。しかし、喜んでいる暇はない。カレルは直ちにソウが待つ部屋へと歩き出す。足を引きずっているとオーリハが肩を貸してくれた。

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