第25話 オーリハの過去
止血されてなお右腕は皮一枚でぶら下がっているだけで、オーリハがそれを切断していく。失血の恐れがなくなったためかその手つきは落ち着いていて、カレルの方がグロテスクな治療に気分を悪くしてしまう。切り離された腕を渡された後は不思議な気分でそれを見ているしかなかった。
「つける時は神経との接続が難しいんだよね」
「義手が自動的にするんじゃないのか?」
「そうだけど、止血を急いで焼いちゃったから。この端子をある程度正しい位置に埋め込まないと。……痛いよ」
「大丈夫」
義手を肘に仮固定した後、針のように鋭い端子がカレルの傷口に埋め込まれる。痛覚を切ったはずだが、こそばゆく感じたカレルはぞっとする。ただ、オーリハの作業は迅速であっという間に端子と神経の接続は完了した。動力源は義手内に埋め込まれた電池である。
「慣れてるんだな」
「当たり前。何回自分のを交換したと思ってる?」
「そんな頻繁にしてたのか」
「まあね。子供の時に腕を失ったせいで成長するたびに大きさに合わせて着け直す必要があった。メンテナンスの時だって」
「毎回こうやって穴をあけて?」
自分の身体のことだが、義手のことをよく知らないカレルはオーリハに頼りっきりになる。簡単な作業でないことはよく分かる。幼い頃から自分でしていたのだと思うと可哀想に感じた。しかし、オーリハは笑って否定する。
「こんな大変なのは最初だけ。次からはピアスみたいに穴に合わせるだけで大丈夫。外したり繋ぐときは痛いけど、それももう慣れたし」
「そうなんだ」
「はい、本固定もできた。後は動かすのに慣れるだけ」
「ああ……あれ」
カレルが特に何をするでもなく、義手の指が勝手に動く。拳を握って開くという動作を繰り返し、何の違和感もないことに違和感を持った。それを見たオーリハは現実を噛みしめるように頷く。
「やっぱりヒトになったんだね」
「え?」
「私は自由に動かせるようになるまですごく時間がかかった。そんなすぐにはできなかったよ」
「……この頭のおかげってことか」
カレルは指だけでなく手首を回したり、それまでカレルの一部だった腕を持ち上げてみたりする。動作の面で致命的な問題は見当たらなかった。
「オーリもすぐに使いこなしてた印象だったけど」
「カレルやお父さんを心配させたくなかったから。それに、あいつらに不自由な姿を見せたくなかった」
オーリハはそう言って視線を落とし、自分の義手を見つめる。カレルも昔を思い出して頷く。あいつらとはオーリハから腕を奪ったヒトのことである。オーリハは不安そうな顔をした後、話し始めた。
「髪の色が違うだけで随分酷いことされた」
「ああ」
「他にも人間の子供はいたのに、狙われたのは私だけだった。引っ越してきて新しい顔だったのも理由だったのかな」
「遊び相手になるなら誰でも良かったんだと思う。ヒトと人間という違いだけで差別してたから」
事件があったのはまだオーリハが年端もいかない子供の頃だった。ナミハヤに住んでいたヒトの子供集団の目に留まったのが始まりで、ナミハヤではよくあることだった。
「あの時死んでいたかもしれないと思うと、こうやって今もカレルと一緒に居られるなんて不思議。あの時は生きることに絶望していたけど、あれがなければこうはなってなかったもんね」
「あともう少し早く見つけていればって後悔することはよくある」
「それは違うって前にも言った。私がカレルに助けられたのは、倒れてた私を見つけてくれたあの日じゃないんだって」
「その話は何度も聞いた。でもその自覚がないんだ」
「じゃあ心と身体、二回助けてくれたって考えて」
「うーん」
オーリハは難しく話している。まだ遠くから聞こえる戦闘音に耳を傾けながらカレルはそう思った。立ち上がろうとすると立ち眩みに襲われる。脳は演算回路のはずなのにと不思議に思いながら、オーリハに支えられて楽な体勢で身体の回復を待つ。
カレルが倒れていたオーリハを見つけたのは偶然だった。夕方、いつもは使わない暗い裏路地を歩いていた時、地面をうごめく影に目を奪われた。綺麗な金髪が半分ほど赤く染まって散らばり、その中で一人の少女が倒れていたのだ。左腕があらぬ方向に折れ曲がっていて、その呼吸は今にも消えてしまいそうなほどだった。それがオーリハとの出会いだった。
カレルは恐怖をこらえてオーリハを抱き上げ、近くの大人がいる場所まで連れていった。そこの人間もオーリハの髪色を見て困った顔をしていたことを今でも覚えている。最終的に、オーリハの帰りが遅いことを心配して探し回っていたヨーゼフと遭遇したため、オーリハは適切な治療を受けることができた。左腕を失うことになったが、命は取り留めたわけである。
ただ、オーリハが言うにはそれが助けられた瞬間ではないという。
「私はそれまでカレルみたいな人間がいるなんて知らなかった。あんなに自己中心的で私に好意も悪意も向けてこないなんて初めてだったから」
「自分のことを棚に上げてよく言う」
「だってそうでしょ?お見舞いに来てくれた時、帰ってって言ったのにずっと部屋に居座り続けて」
「それはヨーゼフさんに話し相手になるよう言われたから」
「それで普通、怪我した幼い女の子の前で太陽が燃えてる理由なんて話す?痛い思いをしただけじゃなくて、腕を取り換えられて自分が自分じゃなくなった気がしてたのに」
「それは……仕方ないだろ?何話していいか分からなかったし」
昔話を掘り返されたカレルは咄嗟に反論する。しかし、自分でも適切な話題でなかったことは承知していた。その頃からカレルは身の回りの科学に興味があった。周りの大人から間違った知識を教えられてはそれを反芻することが好きだったのだ。
「本当……おかげで救われた。カレルに救われたのはまさしくその瞬間だった」
オーリハはそうでしょと同意を求めてくる。しかし、やはり何度聞いてもカレルにはよく分からない。二人が親密になったきっかけはこれで間違いない。ただ、カレルにとっては雑談を交わした一風景に過ぎないのだ。
「何年越しか、今度は僕が助けられたわけだ」
「ううん、私も助けられた。約束、忘れかけたから。ごめんなさい」
「オーリにはやっぱり無鉄砲が似合ってるんだろう。でも、まずは自分のことを考えてほしい。間違っても今回みたいに命を投げ出さないで」
「……ごめんなさい」
カレルに叱られてオーリハが肩を落とす。オーリハが意味のない無茶をすることはまずない。結局のところ、今回もオーリハの行動の目的は明確で、それを誘起したのはカレル自身だということを忘れてはいけない。
「でも怪我がなくてよかった」
「カレルが怪我したら意味ないって気付いて」
「そうだな」
カレルが頷くとオーリハも少し笑う。すぐ近くでは戦闘が行われている。呑気なことをしている場合ではないが、カレルはここで何かはっきりとした納得があったように感じた。その後はオーリハの手を借りて立ち上がり、街の南へ退避した。
ぶら下がる金属の腕を何度か動かして、見た目以外に違和感がないことを再確認する。これはこれまでの自分との決別を意味しているのか。過去にはそう考えていたこともあったカレルだが、実際に体験してみると少しの痛みを伴う僅かな変化に過ぎないのだと自覚していた。
盗賊は街のアンドロイドによって制圧された。しかしながら、結果的に盗賊は多くの建物に押し入って蛮行の限りを尽くし、その被害は大きなものになった。一方、人的被害は少なく、むしろアンドロイドの迎撃を受けた盗賊の方が死者の数が多い状況だった。
捕縛された盗賊も何人かいて、彼らは街の広場で尋問を受けることになった。通常、盗賊が街を襲うことはなく、大抵は移動中の旅人や都市間の輸送物資を狙うことが多い。野次馬から石やら木の棒を投げられる中での取り調べは、なぜアキが標的となったのかの解明が目的だった。
その結果、盗賊が数日前に正体不明のアンドロイド集団に襲われていたことが明かされた。食料を含めた様々な物資を失い、急遽このような行動を起こしたのだ。また、アンドロイドの中には人間を精巧に模したヒトが紛れ込んでいたという。野次馬に紛れて話を聞いていたカレルはそこで旅の遅れを知る。アンドロイドがさらに西に進んだという情報も手に入った。
盗賊の処刑は取り調べの後、直ちに行われた。その後、カレルは犠牲者の火葬に合わせて自分の一部だった右腕と決別する。この日の晩はアキで最後の休息を取り、翌朝、日の出に合わせて出発した。
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