第24話 義手

 西に進み続ける二人は北側から張り出してきた山脈に押し出される形で海沿いの道に出た。すでにカレルも知らない新天地に入っていて、その風土もナミハヤとは大きく異なっている。また、追っているアンドロイドの情報も次第に減っていき、内心焦り始めていた。


 この日は久しぶりに街で一泊することになり、アキという小さな街の検問を抜ける。カレルがヒトになって一ヵ月ほどが経った。簡単な計算であれば暗算できるようになっていて、それを不思議とも思わなくなっている。一方、検問に慣れていないオーリハは人間だと蔑まれたことで怒っていた。


 「カレルも毎回あんなこと言われてたわけ?」


 「まあ少しは」


 「ダイク?」


 「いや、まあ並んでるヒトとか」


 ダイクもそんなことを口走っていたことがあった。ただ、それが当然だった世界でその行為を非難しても仕方がない。オーリハもカレルの考えを汲み取って鼻を鳴らすだけにとどめた。


 海岸に近いアキは気候的に温暖な街だった。北側の山脈に雪が降り積もり、そのおかげでこの季節は晴れることが多いのだという。住人の性格もナミハヤと比べて穏やかで、言葉にはカレルの知らない訛りがある。この街でアンドロイドの集団を知る者はいなかった。


 宿に入った後、二人は食事が取れる店を探す。オーリハも旅に慣れてきたようで身体の不調を訴えることは少なくなった。指示にも素直に従うため、むしろカレルの方が違和感を持っていた節がある。気掛かりはアンドロイドを見つけた後だった。


 あの日以来、ヨーゼフの話題が上がったことはない。夜に涙をこらえる姿はあったがカレルに気付くとすぐに平静を装ってしまったのだ。ヨーゼフとの別れにしこりを残しているとは思っていない。ただ、アンドロイドを見つけて我を忘れてしまう可能性はあった。


 「カレル、ここでしょ?」


 「あ、ああ」


 考え事をしていたところ店を通り過ぎてしまいそうになり、オーリハが不思議そうにする。カレルはとりあえず笑って店の扉に手を掛けた。そんな時、今度はオーリハが何かに驚いたように周囲を窺い始める。


 「どうした?」


 「今、悲鳴聞こえなかった?」


 「悲鳴?」


 カレルは言われるがままに耳に意識を向け、何も聞こえなかったため肩をすくめる。ただそれと同時に、街中に重低音のサイレンが響き始めた。それと呼応するように爆発音が轟く。


 「何だ!?」


 風圧で店の窓が大きく揺れ、驚いた客が中から出てくる。発生源はここから北の方角で、注視していると遅れて煙が見えた。しばらくしない内に住人が走って逃げてくる。


 「盗賊だ!」


 「盗賊!?」


 右往左往していたカレルらにそんな一言が伝えられ、混乱が伝播する。街への襲撃と聞いて例のアンドロイド集団を思い浮かべたのはカレルだけではない。しかし、通りの奥に姿を現したのは典型的な盗賊の格好をしたヒトだった。銃器を手にした数人組が手当たり次第に建物に押し入っている。


 「宿に戻ろう!」


 「危なくない?」


 「荷物がないと旅を続けられないから!」


 カレルはオーリハの手を引いて宿に引き返す。盗賊が現れた方角ではないものの逃げる上で最善ではない。実際、カレルらは逃げる住人とすれ違いながら道をかき分けるように進んでいた。しかし、ここで何もかもを失うと取り返しがつかなくなる。


 宿に飛び込んだカレルは店主に事情を説明して避難を促す。最初は半信半疑だった店主も通りを見ると我先に逃げていった。部屋に入って荷物を身につけるなり、カレルらも避難を試みる。しかし、一歩遅かった。


 「伏せて!」


 そんな声と同時に大きく横に揺さぶられたカレルは床に倒れ込む。オーリハのお守りが視界に割り込んできたのはその後すぐだった。玄関口には型式の古い銃を携えたヒトが立っている。


 先に発砲したのはオーリハだった。一切の躊躇いなく、弾丸が金属の骨格を的確に捉える。ヒトが体勢を崩したのはそれほどオーリハの銃の威力が強かったからである。しかし、当たったのが最も重厚な腰部だったため機能停止には追い込めなかった。


 「オーリ!」


 次の一手は敵の方が早く、音よりも先に銃弾がオーリハの頬を掠める。被弾しなかったのは奇跡だった。人間が弾丸の速度に対応できるはずがないからだ。ロビーには身を隠す物陰ひとつない。一方のオーリハは劣勢をものともせず反撃の準備をしている。カレルはとにかくオーリハを守ることだけを考えた。


 「渡さない!」


 「やめろ!」


 オーリハがもう一発撃ったところでカレルは飛びつき、なんとかして一緒に階段に突っ込む。段差で何度も足を打ちながら踊り場まで駆け上がる。振り返る余裕もなかった。


 「何してる!?」


 カレルが叱責する合間も敵は階下から容赦なく攻撃してくる。オーリハの目は瞳孔が開ききっていて、手は銃を強く握りしめている。カレルは階段を上り切った突き当りの一室に入ってそこの窓から外の様子を窺う。街のアンドロイドが制圧のために動き始めていた。


 「オーリ!」


 「やめて!」


 「銃を放せ!」


 ヒトが相手では、よほどの精度と知識がない限り銃は使い物にならない。逃げ道はもはや窓だけで、それを考えるとオーリハの銃はただの大きな荷物だった。ただ、カレルが取り上げようとしてもオーリハの腕に力が入るだけである。


 「窓を出て屋根に……」


 このままでは二人で死ぬだけだ。カレルは説得を諦めて先にオーリハを窓から逃がす選択を取る。しかし、それも間に合うことはなく、銃弾が廊下に繋がる扉を突き破って襲い掛かってきた。運悪くカレルの右肘に被弾し、その衝撃で膝をついてしまう。それを見たオーリハは発狂し、再び銃を構えた。


 もはや言葉は通じない。意を決したカレルはオーリハに突進し、きつく抱きしめるなり窓の外に身体を放り投げた。


 数秒間、二人は空中を落ちる。その間にカレルは身体を反転させてオーリハを衝撃から守った。装備品が緩衝材となったが地面に激突すると呼吸が出来なくなる。頭を強打しても視界ははっきりとしていた。


 「この野郎!」


 興奮するオーリハはなおも敵に執着している。一方、カレルは通りをこちらに走ってくる街のアンドロイドに気付いた。オーリハが窓に向けて銃を構えようとしたため、それを直ちに蹴り飛ばす。


 「僕らは違う!盗賊は二階だ!」


 「何するの!」


 「アンドロイドに任せろ!」


 カレルは自分たちが敵ではないことを示しつつ、オーリハに覆いかぶさって次に備える。けたたましい発砲音はその直後から途切れることなく続いた。塩素弾が何度も頭上を通り過ぎていく。


 「安全が確保されました。直ちに避難してください」


 銃撃戦は一分ほどで終わり、カレルらは無機質な声を掛けられる。敵の無力化を終えたアンドロイドは直ちに街の北の方角へと走っていった。


 「大丈夫か?」


 「……う、うん」


 「とりあえずここを離れよう」


 「待って、血が!」


 「大丈夫。それ、蹴ってごめん。後でメンテナンスさせてほしい。今は逃げないと」


 「ああ……どうしよう」


 「オーリ」


 冷静さを取り戻したオーリハが今度は血の気を引かせてあたふたとしている。カレルはそんなオーリハに手を差し伸べようとして、ようやく動かない右腕に気付いた。肘から下が皮膚一枚で辛うじて繋がっている。オーリハが狼狽えていた理由も理解できた。


 「大丈夫、逃げるのが先だ」


 「止血が先!」


 「駄目だ」


 「自分がどうなってるか分かってるの!?脳を取り換えた分、カレルの血液は少なくなってる!だから失血もしやすい!」


 「だけど」


 「私の目を見て。いいね?」


 オーリハの目尻には涙が溜まっている。声を荒げているものの、必死に頭を回していることが分かった。それを見た途端、カレルの足からは力が抜け、オーリハの誘導でフラフラと建物の壁沿いに座った。オーリハは自分の上着を破って包帯を作り、傷口の上部をきつく縛る。ようやく痛みを感じてカレルの顔は歪んだ。


 「すぐに治療しないと。待ってて」


 「駄目だ……!」


 「すぐ戻ってくる」


 「行っちゃ駄目だ!」


 「約束する。待ってて」


 カレルの言葉を軽く受け流したオーリハが再び宿の中に入っていく。一人になると不安が増大する。まだ敵が生きていればオーリハが危険に晒されてしまう。しかし、そんな負の感情がカレルを蝕む前にオーリハは戻ってきた。片手には金属の義手を抱えている。


 「もう右腕は諦めて。まずは傷口を塞ぐ。痛いだろうけど我慢して」


 「大丈夫。さっき痛覚を切断できた」


 「便利ね」


 形見の銃から取り出された弾丸が分解されていく。中から火薬を取り出したオーリハはそれを金属の手のひらに乗せ、躊躇うことなく火をつけた。そこで破いた服の残りまで燃やしていく。


 「嫌な音がするかも」


 燃え尽きると灰は地面に捨てられ、オーリハの手のひらが傷口に押し当てられる。熱された金属によって血液が沸騰し、まさに肉を焼く音と匂いがした。


 「あいつ、額に塩素弾を受けて頭の中は黒焦げだった。でも腕は使える」


 「……引きちぎってきたのか」


 「丁寧にね。それでどうする?これ、つけてもいい?」


 こんな状況でもオーリハが神妙な面持ちで問いかけてくるのは、これまでのカレルとの関係で多くを知っているが故である。ヒトになってまで生きていたくはないとカレルは再三にわたって言ってきた。ヒトになったことを知った上でなお、そんな過去を気にしているのだ。


 「……どんな感じだ?」


 「慣れるといいものだよ。頼りないカレルを守るのにも役立った」


 「そうか……頼む」


 「うん」


 すでに脳がケイ素型演算回路に置き換わっているからこその決断ではない。オーリハと話した上でカレルは決めた。それを聞いたオーリハはカレルを横に寝かせて右腕を膝の上に乗せる。慣れた手つきで義手から端子が引き出され、カレルは生唾を飲んだ。

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