第22話 パートナー

 ヨーゼフを送り出した翌日、遺骨はナミハヤの共同墓地に納められた。その時のオーリハに涙はなく、精神状態を心配したカレルがもう少し一緒に居ることを提案した時も、丁寧に断って家の片づけをすると伝えられた。いつも通りのオーリハであるが、それで不安がなくなるわけではない。ただ、カレルにもすべきことがあり、リサットに戻ることにした。


 問題は山積している。何よりソウの問題は時間との勝負だった。イーロンの話ではソウを知る者が敵にいたという。ソウと出会った貴族の屋敷にいた同型と推測するならば、ソウの弱点を最もよく知っているとみて間違いない。


 多くが破壊されたリサットでは旅の準備も満足にできない。現状では生き残ったヒトの動力源となる水素の生産もままならない状態で、人間が必要とする物資は後回しにされていた。しかし、それらの収集に時間を費やすわけにもいかない。カレルは不十分な荷物でナミハヤを発つ決心をした。


 「カレル、もう行くのか?」


 「ああ。時間が惜しい」


 出発は早朝を選ぶことが多い。その方が陽が沈むまでに移動距離を稼ぐことができるからだ。ただ、カレルが全ての準備を整えたのは昼過ぎだった。イーロンもそれを分かった上で別れの挨拶をしている。


 「カレルのことだ。また戻ってくると信じてる」


 「その時にはソウも一緒のはずだ」


 カレルは自分に言い聞かせるように旅の目的を明確にする。このままソウと離れ離れになるわけにはいかない。カレルの間違った態度を謝罪しなければあの悲痛に満ちた表情を忘れることができないからだ。


 「なあ、カレル」


 「ん?」


 「これから大変な旅路になることは分かっている。だが、一つ厄介ごとを頼まれてくれないか?」


 「なんだ?」


 カレルがいつもよりも軽いリュックを背負ったタイミングでイーロンが近づいてくる。その時に数冊の本が抱えられていることに気付いた。


 「何とか焼失をまぬがれた三冊だ。……ソウちゃんの愛読書も部屋に保管されていたから無事だった。これを預けてもいいか?」


 「……もう持っていられないのか?」


 「こんな有様になったんだ。ナミハヤにはいずれ国の軍隊が入ってくるだろう。その時にこれがあると都合が悪い。ソウちゃんに庇ってもらった家族だ。何があってもこれから守っていかないといけない」


 三冊はいずれも命を懸けて手に入れた貴重な代物である。カレルは僅かな時間それを見つめてから受け取った。一番上がソウの愛読書で、最後に見た時よりも痛んでしまっている。


 「これがどんなに貴重な物か私も分かっている。だから間違っても処分することはできない。そんなことをしたらソウちゃんに合わせる顔がなくなる」


 「だから僕に預かっていてほしいと」


 「そうだ。旅に出てすぐ安全な場所に隠してもいい。報酬は出せそうにないが……どうか引き受けてくれないか?」


 イーロンが頭を下げる。それほどこの本は危険を呼び寄せるということだった。カレルは目を瞑ってこれまでの仕事を振り返りながら考える。そして頷いた。


 「分かった。ソウの愛読書、なくしたら何を言われるか分かったものじゃない。ちゃんと手渡すよ」


 「すまない」


 「いいんだ。こんな時に手を貸してあげられないことを許してほしい。イーロンの家族には本当にお世話になった。どうか無事帰ってきたときには迎えてほしい」


 「ああ!」


 「それと僕からもお願いがある。オーリのことだ。ヨーゼフさんとの別れにけじめをつけていつも通りに戻ったようだけど、一人になると何を考えるか分からない。ヨーゼフさんにオーリを頼まれたのは僕だ。でも、旅から戻ってくるまで代わりに様子を見てあげてほしい」


 「任せてほしい。だが、私の話を聞いてくれるかどうか」


 「僕からも言っておくよ。ナミハヤを出る時には伝えると約束した。その時にイーロンを頼るようにって」


 孤独はそう簡単に心から消えはしない。あれほど短気な性格のため、父親の敵を取るなどと血迷った考えを持つとも限らないのだ。イーロンはカレルのお願いに理解を示して、やや不安そうな顔をする。カレルは受け取った本をリュックにしまった。


 「じゃあ行ってくる。留守の間、ナミハヤのことは頼んだよ」


 「ああ……。だがなあ、言ったそばから思い通りにはいかないみたいだぞ」


 「え?」


 難しいことを言ったつもりはなかった。しかし、イーロンはカレルの後方を見て苦笑いを浮かべている。振り返ってみるとそこには見慣れない格好をしたオーリハの姿があった。まるでどこかに遠出をするような身なりをしている。


 「オーリ?」


 「ソウを探しに行くんでしょ?私も行く」


 「は、何言ってるんだ?」


 今のオーリハはほとんど普段着と同じ扱いとなってしまった給仕服ではなく、旅人特有の素朴な服を身に纏っている。背中には大きな荷物を抱えていて、立っているだけで腰が曲がってしまっていた。


 「私も行く」


 「駄目に決まってるだろ」


 「行くから」


 カレルが首を横に振っても聞く耳を持たないオーリハは涼しい顔をしている。今では誰よりもオーリハを理解していると自負していたカレルも、こうした突発的な思い付きにはついていけそうにない。慎重に言葉を選ぶつもりが少し焦ってしまう。


 「いいや駄目だ。どこまで行くのか、行く先に何があるのかも分かってないんだ」


 「だったら危ないのはカレルも一緒」


 「旅なんてしたことないだろ」


 「私と一緒が嫌なの?」


 「違う!ヨーゼフさんに何て言えばいいんだよ?言っただろう?僕はオーリのことヨーゼフさんから頼まれたんだ。危ないことをさせるわけにはいかない」


 カレルは強い口調で考えを改めさせようとする。しかし、オーリハはそんな言葉を鼻で笑う。カレルの言葉が止まると即座に反論してきた。


 「私は何もかも失った。別に死んだって誰も悲しんだり困ったりしない」


 「僕が困るよ!」


 「だったら私だってカレルが知らない場所で死ぬなんて嫌!そんなの受け入れられない!」


 カレルはオーリハの奇行に焦る。声音で説き伏せようとすると、それを上回る声が返ってきて対応のしようがないのだ。オーリハの目つきは鋭く、ポケットからタバコを取り出すなりそれを口に咥えた。


 「お父さんもいなくなって、バスエも当分再開しない。一人になった私にずっとカレルの帰りを待ってろっていうの?悪いけどそんなのごめんよ」


 「本当にそれが理由なのか?ソウを連れて行った連中はヨーゼフさんの敵だ」


 「敵討ちなんて……その気持ちがないとは言えない。でも一番はカレルを知らない間に失いたくないってだけ。カレルがもしどこかで死ぬのならそれを見届けたい。私が死ぬとしても、カレルにその瞬間を知っててほしい」


 「なんてこと……僕にはそれが受け入れられないんだって」


 「私は受け入れたい。……ねえ」


 突然優しい顔をしたオーリハがそばに寄ってくる。空気を読んだイーロンは下がっていき、気付けば遠くから見守っていた。手を伸ばしたオーリハはそのままカレルの腕を握って掴まえる。強引だと思った矢先、想像していなかった弱々しい声が飛び込んできた。


 「一緒にいさせて。言いつけはちゃんと守る。だから最期まで一緒に」


 「…………」


 「本当に駄目ならちゃんと言って。もうこの瞬間から、言うこと聞くから」


 「じゃあ……」


 「駄目?」


 カレルは多くのことを同時に考える。ヒトになって思考能力が上がったはずだが、いつものように困らされた上に解決案が浮かび上がってこない。そうしていると顔を覗き込まれて逃げ道が閉ざされた。旅に出ている間、二度と会えないかもしれないという恐怖と戦っていたのはオーリハだけではないのだ。


 「駄目だ」


 「……そっか」


 「そんな荷物じゃ連れていってあげられない。一体何を入れてるんだよ。ただでさえ初めてなんだ。そんなんじゃ歩き始めてすぐ音を上げるに決まってる」


 カレルはオーリハのリュックを肩から外して地面に置く。ドスンという音がして、腕にかかった力からカレルの荷物より重たいことが分かった。中を覗いてみるとありとあらゆるものが無造作に押し込まれていた。


 「オーリは必要最低限の荷物だけでいい。共同で使うものは僕が持つ。……なんで銃が?」


 驚いたことにオーリハの上半身ほどの長さの銃が縦に差し込まれていて、それが荷物の重さの大半を占めていた。カレルがわざとらしく首を傾げてみせると、オーリハは悪びれる様子もなく答えた。


 「これはこのフィルターと同じ。お守りだから。こっちがカレルの分身なら銃はお父さんの形見。他の全部を置いていくことになったとしてもこれだけは持ってく」


 「僕には一番の荷物に見えるけど」


 「だったらカレルも受け取った本を返すことね」


 「見てたのか」


 カレルが溜息をつくとオーリハがにっこりと笑う。形見と言われるともはやどうしようもなくなる。まだ当分はオーリハを言いくるめることはできそうになかった。カレルは荷物を選別しながらもう一度確認を取る。


 「約束、ちゃんと守れよ」


 「うん」


 「頭に血が上っても僕との約束を思い出して冷静に」


 「カレルが生きてる内はね」


 物騒な物言いであるが、オーリハのそんな言葉は今に始まったことではない。最後に折れるのはいつもカレルの方で、イーロンもそのやり取りを笑うしかないようだった。

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