第20話 戦禍
検問所まで走ったカレルが目の当たりにしたのは、いつもは長い列ができているはずの場所に並べられた遺体だった。ざっと数えただけでも100以上はあり、掛けられた布からはみ出た真っ白い足が生々しい。近くには簡易の火葬場が組み立てられていて、まるで流れ作業のように処理されている。カレルはそれを横目に検問所の跡地を通り過ぎた。
ナミハヤに足を踏み入れてまず目に飛び込んできたのは、無残に破壊された街並みだった。襲撃からまだそれほど時間が経っていないのか、辺りには戦いの痕跡が鮮明に残っている。街の防衛を任されていた国のアンドロイドだけでなく、森の中で遭遇した例のアンドロイドの残骸も見て取れる。これまで見てきたような一方的な攻撃ではない。ナミハヤではアンドロイド同士の戦闘が行われたようだった。
浮足立つカレルはひとまずリサットに向かう。防衛が行われたとはいえ、ナミハヤの被害は一目見て甚大と分かる。目の前で泣いている子供よりも知り合いの安否が気になることも仕方がなかった。ソウに限って最悪の事態に見舞われたとは考えにくい。あんなやり取りが最後になるなど受け入れられないからだ。
到着してみるとリサットも他の建物と同様に大きな損害を受けていた。敵はほとんどの建物に対して攻撃を加えたらしい。そんな半分が瓦礫と化したリサットの前で、数人が片付けに追われていた。
「イーロン!」
「カレル!戻ってきたのか!?」
イーロンを見つけてカレルは駆け寄る。ドロシーとジェニファーも無事のようで、この惨状の中では奇跡と言わざるを得ない。しかし、それとは裏腹に一人の姿が見当たらない。
「ソウは?」
「………」
カレルが問いかけるとイーロンの表情が曇る。たったそれだけでカレルの視界は真っ白に染まった。無意識に惨殺されたソウが脳裏をよぎる。一気に重苦しい空気となり、イーロンは頭を項垂れさせて説明を始めた。
「ソウちゃんはアンドロイドに連れていかれた」
「連れていかれた?」
「ナミハヤになだれ込んできたアンドロイドの数体がリサットに押し入ってきた時、ソウちゃんが家族を庇ってくれたんだ」
「ソウが……」
「ああ。どうやら敵はヒトを集めて回っていたらしい。ソウちゃんはそれを知ってついていくから見逃してと。私たちに謝りながら連れ去られていってしまった。すまない」
「いや、三人が無事でよかった」
安心させるべく言葉を紡ぐが動揺を隠しきれない。イーロンらが無事だったことは、非科学を嫌うカレルでさえ神に感謝するほどの奇跡である。しかし、ソウが連れ去られたという事実は衝撃的だった。敵の素性や目的はおろか現在の足取りも分かっていない。心が弱っていたことも相まって、再会は絶望的に思えた。
ただ、何度も深呼吸をして強引に事態を飲み込んだカレルは覚悟を決める。連れ去られたということはソウにそれだけの価値があったということ。それがどんなものなのかはカレルが誰よりも知っている。直ちに行動すれば追い付ける可能性は十分にあった。
「襲撃してきたアンドロイドのことで分かっていることはないか?僕も旅の途中、同じように襲われた集落や街を見てきた。どうやらこの国のアンドロイドではないようだ」
「ああ、見た目はな。だが、私は国の仕業だと思ってる」
「どうして?」
「こんな大規模な軍事行動は国にしかできないからだ。それ以外にあれほどの武力を持つ者はいない」
「アネクかもしれない」
「あり得ない」
カレルが別の可能性を示すも即座に否定される。アネクとは国の外の世界を意味する言葉である。海の外には別の国や文明があり、国はこれらと度々交戦状態に陥っているのだ。しかし、国の中央に近いナミハヤはアネクと接する地域から遠く離れている。
「でも、どうして国が街を破壊して回る?それも殺戮を繰り返しながら」
「考えられる理由は科学技術だ。ヒトを連れ去っているのは都合の悪い技術を隠蔽するためだと考えられないか?私たちは高度な科学技術の利用は許されているが、その理解は許されていない。勝手な発展がどこかであって、それが国の不都合に繋がったのでは」
「だとしても……」
「ではソウちゃんのことはどう説明する?」
「………」
捲し立てられてカレルは閉口する。イーロンの言う通りソウは特別だった。キョウエン人という身分に収まってはいたが、使われている技術の全てが他のヒトを凌駕していたのだ。
これが国の許す範疇を超えていたとなればイーロンの仮説にも納得がいく。一目見ただけではソウがいかなる存在なのか見破ることはできない。カレルが知らないだけでソウと同等の技術が蔓延している可能性は十分にあった。
「それに気になることがもう一つある」
「なんだ?」
「ソウちゃんは敵の何体かを知っているようだった。恐らく指揮官に近い存在だ。そんなふうに振る舞っていた」
「ソウが相手を?」
「ああ。カレルがソウちゃんと出会ったのは確か貴族の屋敷だったな?」
「そうだ」
「だとすればなおさら合点がいく。貴族は国と繋がっている。科学技術に触れる権利も持っている」
イーロンは結論を急いでいる。話を聞いていたカレルはそう感じた。ただ実際、現時点までの話を総合するとそれが最も合理的に聞こえた。それでも、カレルには腑に落ちないことがある。ソウと面識のあるアンドロイドとなれば対象は限られ、カレルにも思い当たる節があったのだ。
「いずれにしてもこの暴れようは何かを隠す目的があるような気がしてならない。最初は私たちの活動が関係しているのかと疑ったがそうではないらしい。破壊はしても探し物はヒトだけのようだった」
「それで、アンドロイドらはどこに?」
どんな企みが渦巻こうとカレルのすべきことに変わりはない。ソウを連れ去った集団の行き先について尋ねたところ、被せるようにイーロンから質問が飛んできた。
「許すことにしたのか?」
「分からない。だけどあの別れ方は間違ってた。イーロンにも謝らないといけない。すまなかった。あの時は自分を見失っていた」
「いいんだ。目撃談によると敵はナミハヤからさらに西方に向かったらしい。恐らくだがこれ以降派手な真似はしないだろう。ナミハヤでの戦闘で向こうも相当数が破壊された。ナミハヤのアンドロイドは全滅したわけだが、敵もそれなりの大打撃だ」
「そうか、ありがとう。また街を離れることになる」
「もう行くのか」
「時間が惜しい。今ならまだ追い付けるかもしれない」
カレルはこれからの予定を簡単に伝える。終わる見込みのない長旅が始まる。ただ、旅だけなのであればまだ楽で、アンドロイドを相手に戦いを強いられる可能性もある。それはつまるところ死を意味するが、その覚悟がなければソウとの再会は果たせそうにない。
カレルは荷物をその場に下ろして中身を確認し、次の旅に向けて整理をしていく。視界は狭くなってカレルの行動は一つの目的に集約されている。そんなカレルの背中にイーロンが声を掛けた。
「ソウちゃんのことも大切だろう。だけど、もう一つ気にしてほしいことがある」
「もう一つ?」
「オーリハちゃんのことだ」
「……え?」
オーリハの名が出てカレルは思わず声を詰まらせる。そして即座にソウの時と同じ思考に至った。キョクフでの出来事から、カレルの頭はソウのことで一杯だった。しかし、オーリハはソウとは違って正真正銘の人間である。この悲劇を乗り越えられた保証はない。
「今、オーリハちゃんが大変なことになってる」
「まさか死にそうだ、なんて言わないよな?」
「オーリハちゃんは無事だよ。でも、ヨーゼフが死んだんだ」
「ヨーゼフさんが!?」
想像していなかった訃報にカレルは耳を疑う。オーリハが無事と伝えられたことで高鳴っていた心臓は落ち着いていった。しかし、それがオーリハにとってとんでもない悲劇であることは言うまでもない。
「街では遺体の運び出しと火葬が随時進んでいる。冬とはいえ衛生環境の悪化による二次災害は避けないといけないからな。もちろんそんな理由では街に浸透しないから、中央が神のお言葉と建前をつけて指示を出した。だけどオーリハちゃんには馬耳東風だ」
「どういうことだ?」
「ヨーゼフの遺体に誰も近づけようとしないんだ。番犬のように横に居座って、近づく誰彼構わず敵意を振りまいてる」
「………」
オーリハならしかねない。そう感じたカレルは確かに大変な事情だと思った。ヨーゼフはオーリハにとってたった一人の家族だった。オーリハの過去を知っているカレルは、すぐに気の強い性格の裏に隠れていた孤独が顔を覗かせたのだと分かった。
「今日の夜でもう二日になる。さすがにあのままではヨーゼフが可哀想だ。きっとカレルになら心を開いてくれる。ソウちゃんのこともカレルに任せるしかないのは分かってる。でも、オーリハちゃんのこともなんとかしてあげてほしい」
「……分かった。場所は?」
「二人の家があったところだ。酷い有様になってる」
「すぐ行ってみる」
イーロンから必要な情報を受け取ったカレルは、早速荷物を預けてその場に向かう。オーリハは昔からの知り合いで大切な存在だ。出来ることであればどんなことにでも手を貸す準備はできていた。
ただ、そうして歩いていると一つの不安の種が出てくる。それは、今ここにいるカレルがこれまでオーリハが接してきたカレルと違っていることだった。
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