第19話 西へ
朝になってようやくキョクフが受けた被害の全貌が明らかとなった。破壊されていない建物はほとんどなく、至る所の地面が爆発によってめくり上がってしまっている。さらには、火災のために今も捜索活動ができていない場所も残っている。小規模な集落とはいえこれほどの攻撃に晒されるなど前例がなかった。
「国のアンドロイドは何してたんだか」
「見てた奴の話では早々に負けたらしい。いつもは威張っているくせに肝心な時に役に立たない」
「そもそもあのアンドロイドはどこの奴らだったんだ?」
「さあ……でも普通じゃなかった」
人間の老夫婦が住んでいた家の跡地で男たちが瓦礫を撤去しながら雑談を交わしている。カレルはその後ろで会話に参加することなく黙々と手を動かし続けていた。生き残った住民だけで必死に生存者の捜索が行われている。ただ、そのほとんどが人間ということもあって捗っていない。
「ヒトの奴らが真っ先に襲われたのはどうしてなんだ?」
「知らないよ。日頃の天罰が下ったんだろ」
「自治会長らが連れ去られるところを見た奴もいる。全部殺したわけじゃないらしい」
「俺らが狙われなかったのは?」
「さあ。そこの兄ちゃん何か知って……って知らない顔だな」
聞き耳を立てていたカレルはそこで声を掛けられる。排他的で小さな集落であるためか、カレルのようなよそ者がすぐに分かるらしい。
「旅の道中、プルゼニさんのところで世話になっていた者だ。あのアンドロイドのことは何も知らない」
「ああ、プルゼニさんの。そこは助かったのか?」
「上の兄弟二人は。母親と末の弟は駄目だった」
「……災難だ。せっかく穏やかな生活を送っていると思っていたのに」
「僕は旅の途中ここに寄っただけで、いずれ出ていかないといけない。ただ、あの兄弟を置いていくのは忍びない」
手を止めたカレルは目下の心配事を相談する。エミルとフランの身に起きたことは悲劇と言うほかない。そんな二人の支えとなる大人が見つかるまでカレルに立ち去るつもりはなかった。
「後で広場に連れていくといい。生存者の確認作業を副会長がしていた。今はそんな家だらけだ。再建は無理だろうし、生き残りを集めて近くの街に逃げ込むしかないだろう」
「そうか、ありがとう」
結局、老夫婦は遺体で発見された。人間の身体でこんな年まで生きてこられたのにと全員で手を合わせる。その後、カレルは兄弟がいる家の跡地に戻った。
教えられた通り、兄弟を連れて広場に向かってみるとそこでは生存者が集まっていた。見渡す限り人間の姿しかなく、本当にヒトが駆逐されたのだと分かる。至る所で子供の鳴き声や錯乱した声が響いている。エミルとフランは非日常にただ黙りこくっていた。
自治副会長は人間の男で、兄弟の事情を知らせると預かってくれることになった。現在の集落は食料も水も尽きてしまっているという。早いうちに近くの街に退避することが計画されていた。ただ、中にはそれを拒んでいる人間の姿もある。その理由は単純で、歓迎されないことが分かっていたからだった。
「エミル、フラン、大丈夫か?」
「カレルさん、もう行くんですね?」
二人を預けられたことでキョクフを発つ上での準備は全て整った。幸い、旅の荷物は身に着けていたため無事である。アンドロイドの行き先が気になる中、今は一分一秒でも早くナミハヤに戻る必要があった。
「すまない。あのアンドロイドは西に向かったらしい。僕の生まれた街もその方角にあるんだ」
「そうですよね……ありがとうございました」
不安を隠しきれていないが、それを心に押し留めたエミルが感謝を口にする。長男としてフランを守っていかなければならない。そんな覚悟が感じられた。
「本当にすまない」
「僕らは、大丈夫です。これからどうなるか分からないですけど、でも目標が一つできました」
「目標?」
不思議に思ってカレルは首を傾げる。不条理で家族を失った人間が持つ目標は大抵が泥沼の復讐心にいきつくもの。しかし、そんなことを考えている顔には見えなかったのだ。
「頑張ってお金を貯めてヒトになります」
「ヒトになる!」
エミルの宣言と同時にフランも息巻く。予想していなかった言葉にカレルは少し驚いた。ただ、意図していることはよく分かる。二人は昔のカレルとは異なる道を進もうとしていた。
「母さんはとても優しくて、ブリアンは可愛い弟でした。もう二度と会えなくなってしまったけれど、僕らは覚えています」
「ああ。それが二人が生きていた証になる」
「そうです!僕らが忘れてしまったら母さんやブリアンが生きていたこと、誰も知らないまま消えてなくなってしまう!だから、ちゃんとヒトになって覚えておくんです。母さんは怒るかもしれないけど、また失うくらいならその方がいい。カレルさんがいない間にフランと話して決めたんです」
「ヒトは怖いってお母さん言ってた。でも兄ちゃんと一緒だったら大丈夫」
「そうか」
二人の覚悟を聞いたカレルは咄嗟に適切な返事が思い浮かばなかった。この兄弟がこんなにもたくましいのは、失った絶望感より再び失うことへの恐怖が勝ったからだ。別れを惜しんで泣いているだけでは何も変わらない。そう考えた二人はプルゼニが願っていたであろう未来とは別の未来を追求した。それは誰にも止められるものではない。
「きっと二人なら出来る。プルゼニさんも怒ったりしないよ」
「カレルさんともまた会えますよね」
「ああ、きっとね」
カレルにはっきりとしたことは言えない。兄弟の目的が果たされるためには脳を演算回路に取り換えるだけでは済まないからだ。それでも二人の望む未来がいつか来るとカレルは願う。
「それじゃ、僕はそろそろ行くよ。短い間だったけどありがとう。元気にね」
「はい。カレルさんも」
「さよなら」
こんな形の別れは初めてだ。カレルはそう思いながら破壊の限りが尽くされたキョクフから出ていく。昨日からほとんど寝ていないため、身体はナミハヤまでの長旅に耐えられる状態ではない。しかし、ヒトになった影響かこの瞬間も演算回路はまだ休息を必要としていなかった。肉体的な疲労は人間の時と同じであるが、思考は一刻も早くナミハヤに戻ることを優先していた。
キョクフを襲ったアンドロイドははっきりとした足跡を残しつつ移動していた。ナミハヤまでの道のりにある小規模な街で同様の惨劇が起きていたのだ。いずれの街でもヒトに対する攻撃が顕著だった。国のアンドロイドと比べて高性能なことも、この攻撃を止められない原因となっている。
このままではナミハヤも危ない。アンドロイドの後を追いかけて西に進むカレルは次第にそんな不安を大きくした。ただ、ナミハヤの規模は襲われた街々に比べて大きい。アンドロイドらの進路も大きな街を避ける傾向があり、良い方向に考えるならばナミハヤは迂回される可能性が高かった。
しかし、ほとんど休むことなく歩き続けたカレルを待っていた現実はあまりにも非情と言わざるを得なかった。ナミハヤの手前まで近づいたカレルは夜通し進み続けることを選択した。再び太陽が姿を現してその暖かさを背中に感じるようになると、前方の景色もはっきりと見えてくる。まず目に入ったのは立ち上る煙だった。
カレルはその光景を目の当たりにして立ち止まる。目の前の景色は見慣れたものだ。しかし、街の方角だけがいつもより黒く暗い。キョクフや他の街で広がっていた地獄さながらの世界にナミハヤも変わっているのではないかと思うと、恐怖で背筋が凍った。
ナミハヤには防衛を任されたアンドロイドやソウもいるが、そんなことはもはやカレルを安心させる材料にならない。痛む足を引きずりながら、カレルはナミハヤの検問所へと急いだ。
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