第17話 侵攻

 一週間に渡ってキザンへと足を運び、必要な情報を全て集めた時点で研究所への侵入を決行した。今回、仕事が成功に終わったのは研究所内部の構造を早期から把握できたためだった。キザンで研究所の建築に携わった人間と出会い、彼らの話から書物庫と思われる部屋がどこにあるのか明らかになったのだ。


 時間はいつも以上にかかった。それでもカレルは一人で仕事をこなせることを証明した。最近はソウに頼りっぱなしだった。カレルはソウと出会う前の自分に戻ろうとしている。ただし、格段に向上した記憶能力や判断力の影響を無視することはできない。


 仕事を終えたとなればナミハヤに戻らなければならない。この一週間でプルゼニやその子供たちと打ち解けることができた。キョクフで生活を続ける限り、この家族はさらなる試練に見舞われるに違いない。それでもカレルにできることはなく、あるのは別れだけだった。


 キョクフに戻るには裏手に広がる森を抜けなければならない。追手を警戒して遠回りに戻ったことで、森に入る時にはもう夕方前になっていた。整備された道などなく、小動物の足跡が残る獣道を進む。木々が鬱蒼と生い茂る森の中は独特の雰囲気があった。


 周囲を警戒しながらしばらく歩いていると、近くの茂みから誰かのひそひそと話す声が聞こえてくる。耳を澄ませるとエミルのものだと分かった。


 「二人とも何してるの?」


 「わっ!カレルさんかびっくりした」


 弓を手に持つエミルが飛び上がって驚き、カレルの顔を見て安堵の表情を浮かべる。その隣では小さなナイフを持ったフランが膝をついて身を屈めている。カレルは重たい荷物をその場に置いて一息ついた。


 「狩りをしてるんだ。まだ今日の分を捕れてなくて」


 「そっか。フランはその手伝い?」


 「教えてもらってる。兄ちゃんだけだと大変だからってお母さんが」


 目を輝かせるフランがたどたどしく説明する。キョクフの人間は自給自足の生活を送っている。そのため、食料も自らで集めなければ生きていくことができない。対価を払っていたとはいえ、カレルも滞在している間はお世話になっていた。


 「僕も手伝うよ」


 「いいんですか?」


 「お母さんや弟にひもじい思いはさせたくないだろ?それに僕もお礼がしたいから」


 そうは言うもののカレルは狩りがそこまで得意ではない。旅の道中で食料が尽きた際には動物を追いかけることもあるが、大抵はその場を動かない木の実や山菜で済ませることが多い。それに、ソウと一緒になってからはその高い運動神経に任せっきりだった。


 冬の時期は兎や狐が狩りの対象になる。狐が手に入れば万々歳だが、大抵は一発で仕留められる兎を狙う。立てた作戦はカレルとフランが兎を探し、見つけ次第弓を持つエミルのもとへ追い立てるというものだった。


 残された時間は数時間。陽が落ちるまでには家に戻らなければならない。兎は地面と同じ色をしているため探しにくい。しかし、探す目が増えたことで30分足らずでまず一匹目を確保した。


 家族の分を賄うためにはあと数匹は欲しい。狩りは時間ギリギリまで続けられることになり、カレルも汚れながら木々をかき分けていく。ただ、それからが進展しなかった。それでもカレルらは諦めず、足音を消して耳を澄ませた。


 探していたのは兎が枝を踏み鳴らす音である。しかし、次にカレルの耳が捉えたのは金属が擦れ合う異質な音だった。


 茂みから顔を上げると、獣道を一列に並んで進む集団が目に入る。人間でもヒトでもない。そう分かるなりカレルは直ちに木陰に身を隠し、近くにいたフランにもジェスチャーでしゃがむよう指示を出した。


 呼吸を落ち着かせた後、カレルはもう一度様子を窺う。独特の金属音には聞き覚えがある。歩いていたのは30体はゆうに超えるアンドロイドの集団だった。見たことのない武器も携行していてただごとではないと分かる。加えて、街の治安維持に投入されているものとは異なるモデルでカレルは首を傾げた。


 カレルはゆっくりとフランのそばに近づき合流する。


 「何あれ?」


 「静かに。アンドロイドだ。でも国のじゃない。集落に向かってるみたいだ」


 「え?」


 「とにかくエミルのところに戻ろう」


 カレルは足音に気をつけながらフランを連れて森を進む。アンドロイドの動向は気になる。国のものではなさそうだったが、カレルを捕えに来たとも考えられるのだ。また、携行している武器は治安維持の範疇を超えている。


 「フラン、よかった」


 エミルも異変に気が付いて身を隠していた。合流してまずフランの無事に安堵する。


 「キョクフに向かってる。どうしよう」


 「とにかくやり過ごすしかない」


 二人は一番に家のことを心配する。ただ、カレルはこの場を動くべきではないと考えた。ソウが居るならば話は変わるが、戦闘になってもカレルに二人を守ることはできない。


 主力は密に動いており、その前後を間隔を置いて見張りのアンドロイドが歩いている。綺麗な夕焼けももうすぐ終わる。三人は辛抱強く最後の一体が通り過ぎるのを待った。


 「わっ!」


 ただあと少しというところでフランが声を上げてしまう。目の前をネズミが通ったらしく、エミルが咄嗟に口を塞ぐ。三人に緊張が走ったが、獣道を確認してみるとすでにアンドロイドの姿はなかった。そうして胸を撫でおろした矢先、目の前に金属の塊が降ってきた。


 「逃げろ!」


 センサを赤色に染めたアンドロイドがこちらを見ている。手に握られた銃器はエミルとフランに向いていた。カレルが即座にそれを蹴り飛ばすと、代わりに鋼鉄の右腕で腹部を殴られて吹き飛ばされる。アンドロイドの標的がカレルに移ったところで、エミルはフランと逃げ始めた。


 カレルは直ちに立ち上がって対処を考える。相手は知らない型式のアンドロイド。ただ、至近距離で対峙したことで、基本構造は国のアンドロイドと似ていることが判った。エミルらとは違う方向に走って逃げるが、金属音がすぐに接近してくる。


 荷物を置いていたため、手持ちは木々を払うためのナイフだけである。また、走力で敵わないためこのまま逃げるわけにもいかない。そこで、カレルはある木陰に入った瞬間に身を伏せた。アンドロイドが追い付いた瞬間、膝の関節めがけてナイフを突き立てる。


 「グワッ!」


 アンドロイドの関節部分は可動域を確保する関係で空間がある。ナイフは上手くそこに刺さったが、反対の足で蹴りを入れられたカレルは再び宙を舞う。幸い激痛が走るだけで骨が折れた様子はない。ただ、ナイフを失った挙句、アンドロイドは何事もなかったようにこちらに歩いてくる。


 アンドロイドに格闘術で勝つことなどできない。それでもカレルは近くに落ちていた小ぶりの丸太を拾い上げて構えた。こんな時になってソウが居ればと考えてしまう。置いてきたのはカレル自身だ。


 後悔に近い感情を振り払って、目の前に集中する。すると木々の隙間から飛んできた一本の矢がアンドロイドを襲った。当たったのは頭部で、カンと甲高い音が周囲に響く。鋼鉄の外骨格が傷つくことはない。それでも、アンドロイドはその矢が飛んできた方向に注意を向けた。その一瞬を見計らい、カレルは丸太でアンドロイドの胴体を力任せに突いた。そしてすぐに逃げる。


 カレルの狙いはアンドロイドに傷を負わせることではなく、燃料電池の緊急停止だった。ヒトやアンドロイドに搭載されている燃料電池は大きな衝撃を受けると一時的に発電を停止させる。これは自己診断を行うためであり、その僅かな間だけ蓄電池からのエネルギー供給に頼るほかなくなる。


 カレルは一般的なアンドロイドが燃料電池を搭載している部位を狙った。そのため目の前のアンドロイドが異なる場所に燃料電池を抱えていた場合、目論見は失敗に終わる。時間を稼げたのかも分からない中で、カレルはアンドロイドが落とした銃器のもとへ急ぐ。幸い、追いつかれることはなかった。


 銃器を手に入れたカレルは振り返ってアンドロイドを待つ。しばらくしない内に回復したアンドロイドが背の低い木々をなぎ倒しながら突進してくる。カレルはそれを目視してから重たい銃を構えて狙いを定める。


 引き金を引くとカレルの身体は恐ろしいほどの反動と破裂音に襲われた。放たれた塩素弾はアンドロイドの胸部に命中した。


 弾丸は大きな運動エネルギーと高温でアンドロイドの外骨格を切り裂き、内部に塩素ガスを放出する。それでもなおアンドロイドは前進を続ける。


 塩素弾の場合、演算回路が組み込まれた頭部への一撃が最も効果的となる。カレルは反動によるズレを考慮してもう一度弾丸を発射する。今度は頭部に命中し、内部の演算回路が焼き尽くされる。こうしてアンドロイドはようやく活動を停止した。


 カレルは銃器をその場に捨てて痺れた腕をさする。この武器は脆弱な身体を持つ者が使うようには作られていないのだ。


 「カレルさん!」


 「大丈夫だった?」


 「はい」


 「とにかくここから離れよう」


 脅威が排除されたことでエミルが弓を手に近づいてくる。カレルはそんなエミルとすぐさま森の奥に向かって移動する。アンドロイドは無線通信によってお互いにやり取りしている。一体が破壊されたとなれば他のアンドロイドが駆けつける恐れがあった。


 「フランは?」


 「大丈夫です。隠れるように言ってあります」


 「合流しよう。それとありがとう。あれがなかったら死んでた」


 エミルの先導でフランと合流した後は落ち着ける場所を探す。太陽は完全に沈み、視界は極めて悪くなっている。このような環境では様々なセンサを持つアンドロイドの方が有利となる。


 なんとか命は助かった。しかし、三人の表情は曇ったままである。しばらくしてエミルが口を開いた。


 「家に戻りたいです。母さんとブリアンが心配で」


 「今は駄目だ。あのアンドロイドは多分、集落に向かった。一体が破壊されたことには気付いているだろうし、戻れば間違いなく殺される」


 「でも……」


 エミルは声を押し殺して反発する。家族が心配になるのは当然で、赤の他人に邪魔されると納得できないこともよく理解できる。しかし、譲ることはできない。


 「プルゼニさんにはお世話になった。今は二人の安全を優先したい。それに、エミルは良くてもフランを危ないところに連れていくわけにはいかない。そうだろう?」


 「それは……」


 「今は我慢して。状況次第で深夜に戻ってみよう」


 「分かりました」


 カレルも自分が酷なことを言っていると分かっていた。アンドロイドの目的は分からないが、カレルらに気付くなり攻撃を仕掛けてきた。そんな集団がキョクフで大人しくしているとは思えないのだ。最悪の想定は先に済ませておく必要がありそうだった。

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