第10話 ヨーゼフの不安

 「まだ旅の仕事を続けているのか?」


 「はい」


 「もうどれくらいになる?」


 「三年になります」


 カレルは質問の意図を考えながら答える。詳細は秘密にしているため、ヨーゼフは仕事の内容を正確に知らないはずである。ただ、オーリハから聞いている可能性はあった。カレルの仕事はあまり大きな声で言えるものではない。オーリハが知っているのは伝えざるを得ない状況に陥ったからである。


 「あの子は……ソウちゃんと言っていたか」


 「はい。ソウがどうかしましたか?」


 「一緒に旅をしているんだろう?それも仕事の内なのか?」


 「はい……まあ。仕事仲間ですから」


 ヨーゼフの考えは掴みどころがない。ヨーゼフがカレルと話したがる理由となればオーリハのこと以外に考えられないが、ソウを気にしたことは初めてだったのだ。


 「どんな仕事をしているのか今でもさっぱりだが、まだ安定させられそうにはないのか?いつまでそんな生活を続けるつもりだ?」


 「分かりません。でも、しばらくはこの生活が続きそうです」


 「そうか……」


 カレルの返答を聞いてヨーゼフは難しい顔をする。どうしてカレルの生活を気にかけるのか。時間を稼ぐためにヨーゼフは少し遠回りをして歩いている。ただ、向かっている先はどうやらヨーゼフが営む土木屋のようだった。そこはオーリハの家でもある。


 「ヨーゼフさん、こんにちは」


 「ああ」


 道を歩いていると、ヨーゼフは度々通りすがりの人間やヒトから声を掛けられる。単なる挨拶というよりは何か社交辞令に近い。カレルが不思議に思っているとヨーゼフは困ったように口を開いた。


 「仕事をしてやった後、支払いを遅らせてやってる連中だ。こっちとしては早く払ってほしいもんだが、待ってやっている内に挨拶されるようになった」


 「そうだったんですね。オーリもバスエでは人気ですし」


 ヨーゼフはオーリハに輪をかけて気難しい性格をしている。しかし、二人ともどちらかと言えば街で好かれている。カレルはそんなことをふと思ったわけだが、何故かヨーゼフの雰囲気が悪くなる。オーリハの話題を振ったことが原因だった。


 「オーリハはずっと待っているがな」


 ヨーゼフからため息が漏れる。意味を理解したカレルは上手い返事を見つけることができずに黙る。ヨーゼフは遠回しにカレルを追及している。先程の仕事の話も、カレルではなくオーリハの今後を心配したために出た言葉のようだった。


 カレルとオーリハは過去に関係を持っていた。その時からヨーゼフのカレルに対する印象は良くなかった。カレルが今の仕事に就いたことを機に二人の関係は解消されたが、見る目は変わっていないらしい。しかし、昔のような明確な敵対心はない。


 「最近は心配に思うことが多い」


 「オーリのことですか?」


 「そうだ。母親を知らないで育ったからな。女性の人間としてどうすれば幸せに生きられるのか分かっていないのだろう」


 「そんなやわな奴だとは思わないですけどね」


 カレルは昨日のオーリハを思い出して答える。屈強な男にも臆することなく、むしろ恐怖心を植え付けていた。すぐに銃を手に取る気性の荒さはあるが、それにも正当な理由があって多くはオーリハという人間を理解している。


 「カレルが思う以上に父親として気にしている。本当はあんなところで仕事をさせたくないし、できることならどんな不安もない中で幸せになってほしい」


 「………」


 ヨーゼフは男手ひとつでオーリハを育て上げてきた。その生活が順風満帆でなかったことはカレルも知っている。オーリハの左腕のこともそうだ。腕を失い瀕死に陥っていたオーリハの影が脳裏をよぎる。


 「今は親切にしてもらっているかもしれないが、いつまた差別が始まるか分からない。母親との最後の繋がりなのだと髪を染めることも嫌がっていて不安は尽きない」


 「そう思うことがあったんですか?」


 「カレルも感じているだろう?我々は日増しに排斥されつつある。ヒトに対する不満のはけ口がない中、別の人種の血が入ったオーリハがまた矢面に立たされるかもしれない。今度は腕だけで済まされないかも」


 ヨーゼフが表情には見せない不安を吐露する。この世界は流動的であり、何がきっかけで今の均衡が崩れるか分かったものではない。ほんの少し他と違うだけで攻撃の対象になることはよくある。カレルがナミハヤにいる間は味方になってあげられるが、ほとんどの時間を旅で過ごしている現状では頼りにならない。


 「オーリハももう23になった。そろそろ身を固めていい頃だと思ってる。問題は誰が横にいるのかだが……少し男勝りに育てすぎた」


 ここでカレルに視線が寄こされる。カレルはそれに気付いていないふりをして考える。昔は酷く反対されていた。それが一転して、こうして直接相談を持ち掛けられている。ヨーゼフにとってどれほど切迫した問題なのか簡単に推し量ることができた。


 オーリハの相手としてヨーゼフが納得できる男は恐らくナミハヤでも見つけられる。問題はオーリハの方だった。あの頑なな性格のために、ヨーゼフも手を焼いているらしい。


 「僕は……まだ不安定な生活が続きます」


 「オーリハがこんなふうになっていてもか?ナミハヤでも探せば仕事はいくらでもある。それとも、オーリハに愛想が尽きたか?」


 「そんなことはないです。お互い嫌いになって別れたわけじゃないと思ってますから」


 この問題の解決は難しい。考えさせられてカレルもそんな結論に行きついた。カレルは今でもオーリハが好きだ。だからこそ、今の自分では隣に居られないと分かっている。今の仕事に意味を見出しているものの、目に見える結果はまだ得られそうにない。


 「そうか。だったらカレルからオーリハを説得してくれないか?」


 「僕にさせるんですか?あんまり干渉すると余計に頑固になって逆効果かもしれません。それに、ヨーゼフさんまだまだ元気だから大丈夫だと思いますけど」


 「それはそうだ。簡単にやってやるものか」


 ヨーゼフにとって一人で育て上げた愛娘ほど大切な存在はない。そんな気持ちがひしひしと伝わってきてカレルは少し笑ってしまう。未来は全く見えないが、オーリハに限って言えばきっと自分で幸せを掴んでいるに違いない。それまでは引き続きこの父親が良き保護者を果たしてくれる。


 「そろそろいいですか?機嫌を悪くした奴がリサットで待ってると思うので」


 「ああ。カレルにぞっこんだと小耳に挟んだ」


 「良い相棒です」


 カレルがその場で立ち止まって小さく頭を下げると、ヨーゼフは片手を上げてそのまま歩いていく。別れた後は直ちにリサットへの帰路に就いた。


 ヨーゼフがこのような心配を胸に秘めていたなど露ほども知らなかった。あの難しい性格を知っているからこそ、意外だっただけでなく重たい意味を持つ。オーリハの今後に関わるなれば、余計に蔑ろにできる話ではなかった。

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